「病は気から」というが、今ではそれは当たり前の社会通念になりつつある。西洋医学信仰の人は未だに「すべての病には病原菌などの原因があるはず」と思っているかもしれないが。
西洋医学を実践しているプロの医師こそ、原因の見当たらない病の中にはこの実体の無い「心」から来ることもよく分かってらっしゃる。生理学的には精神は身体に様々な影響を及ぼして、現代では説明がつくようになったものも多々あるが、今だ解明されてない部分がかなりあるのだろう。
「病は気から」を信じるか
医師から2度と歩けないだろうと言われた人が歩けるようになったり、ガンで余命半年と言われた人が何年も生きたり。そういう奇跡といわれる例は枚挙にいとまが無い。医師はあくまで統計的に「そういう事になる事例が多い」で話しているし、場合によっては「いい意味で裏切られる分なら悲観的に伝えておいた方が良いかも」で言ってる場合もあるかもしれない。
だから医師に言われたからと言って信じ込む必要はないと思う。予言者ではないのだから、未来が分かるワケではないのである。ただ「こうしないと、病気はこうなりますよ」の助言には従った方がいいと思うが。
よくドラマや映画で死の淵にさまよっている人に対して家族が医師に「先生!助かりますか⁉」とつめよったシーンで「後は本人の気力です」と言われる。たいていフィクションではその人は強い気力の持ち主で持ち直すのだが。つまり私達は知っているのだ。「気」で何とかできることを。
『生きたい』『生きててよかった』
つまるところ幸福感とはそういう思いのことである。
この幸福感を持っている人間が長生きをしているという研究報告がある。笑うと免疫力が上がり感染しにくくなり、NK細胞が増えて日々生まれている癌細胞をやっつけてくれるからだそうだ。
昔は「風邪は万病のもと」と言われたが、今は「ストレスは万病のもと」。原因の分からない病気はすべてストレスのせい。それじゃノンストレスがいいのかと言えばそうでもなく、バランス。人間て、適度なストレスが無ければこれも心や体が弱くなるというなんて、なんと面倒くさい生き物だろうか。
結論としては『適度なストレスに抗いながら(ただ耐える、ではない。抗うことが必要と私は思うよ)尚且つ「幸せだなあ~」と思う事』が健康の秘訣ということかな?
ストレスには抗え!
ストレスに抗うというのは対策を考えるという事。
腹立つ上司や同僚がストレスになるなら、自分の考え方を変えたり、被害を最小にする為の方法を考えたり、転職の可能性を考えたり(いつでも転職で逃げられると考えるだけでもストレス減にはなるらしい)。
余談だが、私は毎年の冬の終わりにコタツ布団を洗うストレスを回避すべく、昨年電気毛布で足袋を作ったのだが、これがまことに具合が良い。部屋のジャマにならず今もヌクヌクと足を温めてくれている。ネットに入れて洗濯機ポイで洗えるし、しかも電気代が安い!
ほどんどの精神的ストレスは人間関係である。これがうまく回らないと無病息災にはほど遠い人生の終わりになるだろう。ハイジのオンジは辛うじて間に合ったというわけだ。
私が子育て時代に感じていた『家事ストレス』は仕事・家事・育児で忙しく自分の時間が無いことではなかった。夫は食洗器やいろんな時短家電などを駆使してもっと楽を考えれば?と言っていたが、不満は家事そのものではなく、今思えば「夫に大変さを理解してもらえていない」「家事分担の不公平感」にあった。夫が仕事に逃げてあまり家に帰ってこない様に感じてイライラしていたのだ。そしてその不満を夫にぶつけるという最もマズイ抗い方をやってしまっていたなあ。
抗い方を間違えた例だ。冷静にもっと良く話し合うという習慣を得る良い機会だったかも。たらればの結果論だけど。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」みたいに何でも気力では解決はしない。病気やケガは辛いし、不治の病を宣告されたら、気力も萎える。よく言われるのが、ガン宣告や身体の一部を失った後の心の動きとして、次のような3段階。
①第1段階:ショックで落ち込む期間(現実への拒否)
②第2段階:徐々に現実を受け入れていく期間
③第3段階:現実を受け入れて現状をよりよく生きようとする期間
もちろん①②で止まって③まで進めない人もいる。③が素晴らしい抗いであるのは間違いない。
現実は他人から見てけっして幸せではないだろうに、それでも③まで進んで幸せに生きている人もいると思う。長生きイコール幸せでは無い。しかしこんな大きなストレスは出来れば回避したい、生きているなら幸せに生きたいと皆が思うだろう。不幸な状態で長生きしてもね、と。
自分が「幸せじゃないかも」と思うとき。
生きていても良かったと思えない、自分の存在が意味が無いように思う時。
病や不運な事故で何故自分だけが、と思う時。
もう一度、いや何度でも自分に問うべきなのだろう。本当に不幸なのかと。そして思い出そう。自分の幸せは自分の心で作るしかないのを。そのことを、数学や理科より大事な事だとどうして学校で教えないのかな。幸せは思い込み。それでいいではないか。
なぜつらつらとこんな事を考えているかと言うと、仕事で訪問に行くと多くの病気の方々に会うが皆笑わないのである。ポジティブな言葉も少ない。感じるのは「諦め感」とか「不幸感」。①②で留まっている人の何て多い事か(他人事だからお前はそう言えるのだと言われそうだな)。
病気によっては脳内の伝達物質が減少したり、薬の副作用で精神活動が難しくなる人もいるけど。
「面白いね」「美味しいね」「楽しいね」言葉に出すだけでそれは倍増し、幸せ感が増す。生きていくには必要な魔法の言葉の数々。
以前ピエロ姿で小児病棟を回って病児を笑わせる医師の映画があったな。
私はどうしたら笑ってもらえるかと考える今日この頃である。
それではまたね(今回暗~い‥)。ごめんなさいませ。


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