全ての人は利益で動いている、と言われている。仕事をしているのは報酬が欲しいからだし、その利益というのは当然ながら金銭的な事だけにとどまらない。「優しい人」と思われたくて、また自分の事をそう思いたくて人に優しくしたりも。しかしそれが偽善だとは言ってない。お互いにwinwinなら問題ないのだ。人間社会はそうやって回っている。偽善だろうと何だろうと優しくされれば心地よいのである。
優しさはタダではない
しかし『タダより高いものは無い』というのも真実だ。なぜなら(まともな)ひとは善意には善意を返そうという社会的本能があるからだそうだ。ものを貰ったら普通お返しをするが、タダで優しくされただけで何かで報いなければ後ろめたい気にさえなる人もいる。その心理を悪用したのが高額商品の売りつけや結婚詐欺などである。特に昨今増えているという孤独な高齢者は狙われていて要注意だ。お金も持ってるし、「まあ、この人はよく来て優しくしてくれるから買ってあげてもいいか」という気になってしまう。しかし、買ってしまえばもうあちらにとっては利用価値がなくなり来なくなるのにね。人間は高齢になればなるほど『猜疑心』が薄くなるそうだ。周りの家族などが気を付けてあげるしかないか。
実は私は昔から騙されやすい人間で、高額商品販売者のいわゆる「カモ」だった。よくウチにそういうセールスがきてたのはきっと「カモリスト」に載っていたからだろう(カモリスト~高額商品を安易に買うカモが載っているリストが存在していて業者間でそれが売買されていたという)。言葉巧みにその商品の素晴らしさを説明されるとすぐその気になって買ってしまっていた。アルカリイオン整水器、24時間風呂システム、空気清浄機付き掃除機、高級布団‥。全てン十万円したモノだ。バブルでダブルインカムで経済的不安が無かったせいもある。
しかしこれらは酷いアトピーと喘息で親子共々苦しんでいたココロの隙を上手くつかれたからだろう。「これを使ったら症状が良くなるかもしれませんよ」と。もちろんそうはならなかったが。その時の悩みや苦しみを「そうね、そうね」と聞いてくれ慰めてくれる。意外と家族はそれができない。その優しさについ報おうとして買ってしまうのである。たとえ嘘の優しさでも無意識に「信じたい、信じさせて」と思うのかもしれない。男性がクラブのホステスさんやキャバ嬢にハマるのも笑えない。優しさはタダではないのだ。
今はそもそもお金がないし、お気楽な一人暮らし。人間って大事な人の為には思い切ってお金が出せるけど、自分の為には財布のヒモが硬くなるよねえ。
入院したらお菓子は持ってく?
有料でサービスを受けた時は別だろうが、それでも日本には昔から「心付け」というのがあって旅館の担当の仲居さんにとか、手術してくれた医師とかに金銭を渡す風習があった。
当然今はそんなもの渡す必要はない。正規の料金は払っている。どうかしたらホテルみたいに料金にサービス料も含まれていることもある。日本にはチップの習慣は無いからそれは楽だけどね。外国旅行によく行かれる方はご存じだろうが、チップのための小銭を気にしながら旅行するのは面倒くさい(と思うのは私だけ?)。
そして今の日本のそこそこ大きな病院では謝礼やお菓子などは受け取らない。患者や家族の負担を減らすと共に、賄賂(と言っていいのか?)によるサービスの不公平があってはならないから、ということだろうが。
私は昔(40年位前ね)そこそこ大きな病院の産科に就職したが、その頃は毎日なん箱もお菓子が病棟に贈られた。もちろんお産をして退院する方のご家族からである。「お祝い事だから」と入院期間がわずか1週間というのもあって、他の病棟よりは格段に多かった。当然当時は断ったりせず(それでも一度は遠慮の言葉を口にする)有難く頂き、休憩室にはお菓子が溜まっていくばかり。
私はお菓子を受け取った時点で箱の大きさと包装紙だけで『どこのどういうお菓子がどのくらい入っているか』が分かるようになった(それはお前だけだと言われたが)。そしてその日貰ったお菓子は休憩室にある程度残したほかは、その日の日勤者で山分けである。なので仕事に行く度に袋いっぱいのお菓子を持ち帰っていた。当時は新人で要領の悪い私は、毎日先輩方に𠮟られたり失敗ばかりでストレスは溜まりまくり。帰宅しても食事の用意も出来ない程に疲れ果てていて、つい手近のお菓子でお腹を満たしていたら(医療従事者にあるまじき愚行!何のために学校で栄養学を習ったのやら)半年で7㎏も太ってしまった。
医療従事者は確かにストレスが多い職業である。ついつい「ちょっと一息」の時に甘いものに手を出したくなる。しかし「みだりにエサをあげてはいけません」を覚えておこう。
優しさって何?
とはいうものの、お中元やお歳暮があるように日本人はモノを贈るのが好き。『お世話になったと思う人にはものを贈れ』が刷り込まれている。そして私も日本人。最近義理の母が入院したのだが、そこのナースステーションに何か持っていきたくてウズウズしている。それで母に良くしてもらおうとかは微塵も考えていない。私もかっては頂く立場だったので分かるが、頂いたところで誰から何を頂いたかなんて覚えちゃいないものである。だからただの自己満足。これを貰ったらナースさんがたはちょっとは嬉しいかなと想像することで。大きな公的な病院は突っ返されるのがオチだが、数回の押し問答の末受け取ってくれる個人病院もある。あの病院はどうかしらんとリサーチ開始だ。
ひとは他人が喜ぶと嬉しい。それは自分を幸せにしてくれる。幸せになりたいなら人が喜ぶことを積み重ねるだけでいい、なんて簡単なものではないけど。良かれと思ってやって悲惨な結果になる事もまれではないもの。
ただモノより何より優しさは一番のプレゼントである。ここで難しいのは「優しさ」とは何ぞ?という哲学的問題。それこそ優しさの定義は千差万別。相手の成長を願ってわざと突き放すのが優しさという人もいれば、相手に伝わらないのは優しさではないという考えもある。人生の達人なら相手によって必要な優しさを見極められるのかな。
私は還暦を迎えてもまだまだだ。何が正しいか正しくないか、一生迷うだろう。ただ一つ誰に対しても通用する優しさは『相手を理解しようとする努力』だと思っている。
それではまたね。ごめんなさいませ。


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