終の棲家はどこにするか、いや何処になるかは年齢が高くなってくれば誰しも考えることだろう。そして今や老後の介護は家族に見てもらうものではなく、介護が必要になったらそれが受けられる施設に入るしかないと諦めている人が多い。
施設は人生の墓場!?
私も以前はそれがベストと考えていた。仕事と子育てと家事だけでも大変な主婦がどうして介護などできようか。(特に自分を育ててくれたわけでもない、夫の親を親身に介護するとかどこの菩薩様?)かっての私は完璧に『嫁目線』だったので、「家庭内に他人がいるなんてとんでもない。仕事で疲れて帰っても家庭でくつろげないではないか」と思っていたのだった。高齢者が元気でもそうである。ましては色々手がかかる状態では猶更だ。『介護』が理由で外出や趣味が制限される友人たちを見たりして「不便だなあ」と思ったりしたのだった。
そう、確かに介護は慣れてない人には大変だ。だからそんな苦労は家族にさせたくないし、家族も「とても自分には出来ない、施設が安心」と思って施設に入れてしまう。しかし‥。病院や高齢者施設が高齢者を加速度的に認知症に追いやってしまうことを、私は今の仕事を始めて目の当たりにしてしまった。勿論一生懸命やってくださる施設の方もいらっしゃる。しかし「幸せ」とは何かを考えたら、それは『人との繋がり』であり、親が最も愛しているのは子供であり、孫である。そばに居たい。でも苦労させたくなくて嫌々施設に入る(もちろん例外もある)。しかしそこは今までの人との繋がりを遮断された人生の墓場に思える。
そこで新たな人間関係を築けばいいじゃないかと思われるかもしれないが、あまりに選択肢が少ないのである。合わない職員、合わない同じ施設の居住者からは逃げられない。
施設のエントランスや廊下はキレイに掃除されているものの、個々の部屋は雑然としていることが多い。使うモノを身の周りに並べるからである。身体が段々不自由になって片付けたり出したりが億劫になるからだ。
そして日がな一日自室でぼーっとテレビを観るだけの毎日。週2~3回のデイサービスがあるとしても(デイサービスのサービスもピンキリである)それ以外は孤独。たまに家族の面会。誕生日などにワーッときてその時だけチヤホヤして波が引くように帰ってしまう。そんな毎日、そりゃボケますわ。
同居してもいいと思われる高齢者になる為には?
日本は海外に比べて圧倒的に高齢者の一人暮らしが多いという。ヨーロッパ諸国などは理想の老後は『子供や孫に囲まれて賑やかに暮らす』ことらしい。周りもそうで、そういう家庭が当たり前ならそうしやすいだろうが、今や舅姑と同居したい嫁など日本にはいないのではないだろうか。
昔は姑は嫁を教育する気満々でさぞや口うるさかった事だろう。姑の立場になる今の私なら気持ちは分かる。自分もそうだったが20代、30代なんてまだまだ生活力の基礎がなってない。時代は便利な家電が多々あるとはいうものの、家事は生活の基本である。子供のうちから家の仕事を手伝わされていた昔ならいざ知らず、今の親はそれを教えられずに育った年代なので当然子供には教えることはできない。
そう、私もできなかった。家事なんてちゃんとしようと思ったら仕事なんて持てないほど大変なのである。家事歴ン十年の今になってやっと上手く回る様になったくらいだ。そういう家事ベテランが一家に一人いれば、家事は随分楽になると思うんだけどね。サザエさんみたいに娘一家と同居が理想的かもしれないが、生憎私には娘がいない。
今、私は高齢の姑と暮らす日を夢見ている。姑は別れた夫の母親のことである。そう友人達に言うと一様に「えーっ!」と驚かれるが。まだ20才の時に実の母を亡くした私にとっては彼女は今や母同然の人なのだ。御年は88才だが、夫と二人暮らしで近所のスーパーに歩いて買い物も行くし、ガンで足の悪い夫の介護もしている。
そこで、何故私はこの人と暮らしたい、暮らしてもいいと思うのか考察してみた。
①うるさくない。こちらが1言えば、10ぐらい言葉が帰って来る人も多い。それって日頃自分の話を聞いてくれる人がいないことによる弊害だろうか。しかしこの方とははお話してなんの不快感なく、何時間も一緒にすごせる。会話のキャッチボールが上手いのだ。声の音量もひかえめで、大声を出されない(出せない?)笑い方も上品である。お互い黙って好きな事をしてすごすことも出来そう。
②謙虚である。結婚当時のまだ私が若く何もわかってない時代(今が分かっているかというと?だが)から「上から目線」や「恩着せがましさ」な態度を見せられたことはなかった。子供の行事などにどうしても仕事が休めない時に来て代わりに子供をみてくれた。そして掃除・片付けが嫌いな私がどんなに家を汚くしていても、その事には一切触れずにどこかをキレイにしてくれていた。30年以上のお付き合いになるが、感謝の言葉は沢山いただいたが(感謝はこちらである)文句は一度も言われた事はない。
③常に我が子より私(嫁)の味方をしてくれた。夫と離婚するときもそうだった。普通母親は息子が可愛く、たとえ息子が浮気をしようとも「貴女が至らないから」と嫁に言うと聞く(実際友人にそういう事例があった)。しかしこの方は私の味方をしてくれ(普段から息子の素行が悪かったのか?)離婚後も数年息子と会っていなかった。なので私は離婚後も変わらぬお付き合いを続けられた。
④趣味が合う。旅行好き、クラシックやオペラが好きという点で話が合う。近くに住んでおられたら一緒に楽しめるのにと残念である。私の今の活動にも理解を示してくれる。
⑤有形無形の援助をしてくれた。帰省をすれば孫達(私の息子達)に服を買ってくれ、入学時はお祝い金、自動車学校の費用まで経済面のサポートは数限りない。働きはじめた息子達がいまだに祖父母からお小遣いを貰っているのはいかがなものと思うが。
つまりは理想の姑、いやギブの人なのである。「口は出さねど、カネは出す」の典型ではないか。私も老後に快く息子や嫁が同居してくれる気持ちになるにはここまで徳を積まねばならないということか。う~ん、なかなか私にはキビシイ道のりかもしれないと改めて思うのであった。
それではまたね。ごめんなさいませ。


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