リストラ生活節約術㉚正常性バイアスの巻

最近観た動画でなるほど、と思ったもの。
お隣の国で起きた地下鉄火災時でのこと。映像では車内はすでに火災の煙で白くけむっているのに、何人もの人が座席にすわっている。この事故では逃げ遅れて死者も出たという。
そして動画では「正常性バイアス」についての説明があった。
今年になって「~バイアス」という言葉があちこちで聞くようになった。バイアスは心理学でいう人間の認知的な誤りの特性で、つまり「思い込み」「勘違い」の傾向(と私は理解しているのだが)。このコロナ禍で人の心が右往左往しているのを説明するのに都合の良いツールなので、多くの人が使いだしたのだろう。これを紹介・説明した本もベストセラーになった。

正常性バイアスとは

この認知バイアスの一つである「正常性バイアス」は自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価すること。よく例に出されるのが災害時の行動。
大きな施設内にいた時に火災警報のベルがなったらどうするか。
ほとんどの人が「何もしない」
『火災は怖い、あって欲しくない。だからこのベルは誤報だろう』と考える。
そして周りを見回して『ほら、だれも逃げてないからそうだ。大丈夫だ。』と結論づける。
冒頭での地下鉄火災事故では、車内は明らかに異常なのにこのバイアスのせいで誰も席を立たず、結果逃げ遅れたのではないかと推察している。

自分だったらどうだろう。今までに火災報知器のベルが鳴ったことは数回体験した。その時自分は何をしたか。そう、何もしなかった。一緒にいる友人と目で『違うよね?誤報よね?』と語りあい、誤報を告げるアナウンスを待ってるだけだった。周りもほぼ同じ。
幸いにも今までのは全て誤報だった。が、もし本物の警報だったら?次に聞く警報が誤報である保証は無いのである。

人は危機的場面に出くわすと3つのパターンに分かれるという。
まず、8割の人はそうやって正常性バイアスがかかり、フリーズする。
そして1割の人はパニックに陥り、最後の1割の人が冷静に状況をみて適切な行動に出るそうだ。

正常性バイアスにかかった時

20年ほど前に車を運転していると対抗車線側の歩道を、どう見ても2歳いかない位の子供がぽてぽて歩いているのを見た。そこは路も歩道も広いが、人や車の通りが殆ど無い時間帯。
キョロキョロとその子の保護者が近くにいないか目で探しながら、結局通り過ぎてしまったのだ。保護者が確認できてないにもかかわらずに。
1~2分走った後どうにも気になってUターンして戻ると、その子は白バイの警察官に抱き上げられているところだった。やっぱり迷子だったのだ。
近くに保育園があることからおそらくそこから脱走し、警察に捜索願いが出ていたのだろう。私が過ぎ去って白バイが見つけるまでの間(5分位?)その子に何も無かった事にホッとしたと同時に、どうしてあの時直ぐに車を止めて確認しなかったかと悔やんだ。

「こんな小さな子が一人でこんな所を歩いているはずがない。きっと近くに保護者がいるはず。車を止めたら変に思われる」そうやって正常性バイアスがかかりフリーズしたまま通り過ぎてしまったのだろう。自分に都合のいい「思い込み」。

怖いのは医療現場でこれが起きることだ。突発的な病状の悪化や事故はいつでも起こり得る。はっきりそうだと分かりにくいことも。起きて欲しくない事態は山ほどある。『そうでありませんように』と祈ることも少なくない。ここで正常性バイアスがかかりやすい。
そこでは私達医療従事者は判断に迫られる。
今は行動すべきか、様子をみるべきか。医師が駆けつける迄に何をすべきか。今医師の手がまわらな所はどこか。それらの全てに優先順位をつけねばならない。フリーズなんかしてられないのだ。
おそらく医療従事者では正常性バイアスの割合はかなり違ってくるだろう。(ごくまれにパ二くる人がいるにはいるが‥。)

その行動は冷静?パニック?

私が看護学生の時、同級生と4人で沖縄に旅行に行った。透き通った遠浅の海で、誰かが持ってきた大きなビーチマットに掴ってぷかぷかとやわらかい波を楽しんでいた。岸からかなり離れても遠浅であるのに安心していたら誰かが「ねえ!足がつかないんだけど!」。
それはちょっとヤバいかもとみんなでバタ足で岸の方に戻ろうとしても、引き潮のせいか岸にちっとも近づかない。みんな青くなって遠くの岸にいるお兄さんたちに「助けて~!」と手を振るも、私達の声も表情も分からない程の遠い距離。お兄さんたちは明るく手を振り返すだけ。その間もビーチマットはじわじわと沖に流されていく。

その時の私の判断は早かった。直ぐに履いていたビーチサンダルを脱ぎ捨てると、助けを呼ぼうと岸に向かって泳ぎ始めたのだった。幸い浮力のきく海だったのでずっと顔を上げたまま平泳ぎができた。
私が何とか岸に着いた時、異変を感じてビーチボートが出動するところだった。
私が沖を指さし「助けてください」に大きくうなづき、お兄さんたちは救助に向かったのだった。

私が泳いで行かなくても救助はしてもらえただろう、この場合は。途中で私が溺れでもしたら2次災害(?)だ。(たぶん泳ぎ着ける自信はあったのだろう。恐怖はなかった)ただ、何もしなければ状況は悪くなるだけと考えて行動にでてしまった。友人達からは称賛されていい気分にはなったが、無謀といえば無謀である。これはどっちの1割なのか?

ネットとかで日本人の災害時の冷静さについて、外国からの称賛の声が上がっているとの記事をよくみる。暴動も起こさず、キチンと列を作りケンカもせずに大人しく順番を待つ姿がめずらしいそうだ。
一つは災害慣れしていて、災害時にはこう行動すべきというモデルが確立されているためだろうし、学校や職場などで行われている火災訓練なども役に立っている。
「災害時に自分はどうするか」と想像力をたくましくして、日頃からシミュレーションをする機会が多いおかげだと思う。

さて、今度火災報知器のベルを聞いたらどうするか。
「正常性バイアス」に引っかからず、フリーズやパニックにならないでおくには。
取りあえず、さりげなく脱出経路に向かいますか。たとえまた誤報で無駄足になったとしても、常に本当の災害である可能性を忘れてはいけないという事である。生き残るためには。
Go To Travelも始まって旅行に行く機会も増える人もいるだろう。私はホテルで部屋に入ったら、まずドアの裏に貼ってることの多い避難経路図で非常階段と消火器の位置を確認することにしている。
面倒に思うかもしれないが、この1分があなたの命を救うかもしれないよ?

この「正常性バイアス」の存在を多くの人が知って、何か事が起きた時に冷静に行動できる人の割合を増やしていけたらと思っている。ちなみにパニックになりやすい人は脳にそういうホルモンが出やすいシステムになっているので、本人が悪いのではないそうだ。ただ、医療者向きではないだけで、ね。

それではまたね。ごめんなさいませ~。

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