自宅に固定電話のない人が増えてきた。携帯電話があって当たり前の若い世代は、通信ツールとしてはそう何種類も必要でなく、あとはPCがあれば事足りる。なにもN○○の高い電話代を払う必要はなくなった。それでなくても携帯電話代が高いのだ。普通は2重に払うのは嫌だろう。
それでも携帯が故障したり、機種変更などで一時的に通信不能になる時がある。
日常ではメールやラインで数秒で伝達出来るだけに、出来ない時は不便感きまわりない。
連絡出来ないことさえ連絡出来ないのだ。そういう時はどうする?誰かの携帯を借りる?公衆電話?PCからのメール?ぐらいしか考え付かないけど。
固定電話が手放せないワケ
私はまだ固定電話を置いている。インターネットに接続されているIP電話だ。これなら月額500円位だからまあいいやと思える。とにかく私は固定電話がないととても困るのだ。
なぜなら、携帯電話を探せないからである。
とにかく「何かしながら何か考えている」事が多い私は、その「している事」の意識や記憶がほとんどない。したがって家の中を移動する時はとりあえず携帯を持って行こうとするのだが、行った先では行った目的のことしか頭に無く、目的を果たした後必ずといっていいほど携帯が行方不明になっている。
2階にモノを探しに行った時なんか高確率だ。(一応目立つように携帯の色は真っ赤にしたがあまり効果は無いみたい)
そうして固定電話さんのお世話になる。固定電話から携帯にかけて、コール音で探すのだ。
「そうだ、各場所で置く場所を決めればいいのだ」と各部屋で取りあえずの置き場所を決定。しかし、しばらくは置き場所を決めたことすら忘れる。(リストラボケが進んでいるのだろうか?)
私は携帯で動画を見る時などは背面のリングを立てているので、携帯置きは使用していなかったのだが、各場所に携帯置きがあった方がいいのだろうか。あれば必ずそこに置くだろう。
人は目印があれば無意識にそこを目指すもの。たとえば男子トイレの小の飛び散り防止のために貼られた小さなハエのシール。内側にそれを貼っただけで使う人は無意識にそれに目がけて飛ばし、飛び散りが随分減ったという。
しかしミニマリストに(少しずつでも)近付きたいとモノを極力減らしていっている私。部屋はすっきりモノが無く、掃除しやすいのは素晴らしい。(モノには必ずホコリがたまる)しかし見えない所に片付けすぎて存在を忘れてしまうモノが出てきた。いい加減な性格の私がいい加減に片付けるからだ。片付けるときにはキチンとした分類わけが必要だと学ぶ。
ゆえにモノを増やすのに抵抗があるが、利便性との戦いである。まだ迷っている。
一番困るの出かける時に見当たらない時。(出かける時に持ってない事に気付けばまだよい。携帯不携帯も珍しくない)出かける準備でバタバタして必ずと言っていいほど探すハメになる。というかすぐ固定電話さんに頼っている状況である。解約なんてできない。
それ以外でも固定電話は役に立つ。まずは電池切れの心配をしなくていいということ。これが使えなくなるのは停電の時だけ。携帯がいきなり使えなくなった時(もしくはどうしても見つからない時。私のことだから、外出先で失くすことも想定せねば)はあるだろう。そして機器は必ず壊れる時がくる。家族がいれば何とかなる事も、一人暮らしなら、いろいろ対策は考えておかねばならない。そんな時の為に主要な電話番号の紙でのバックアップは取っている。
もう一つ、電話をしながら携帯が使えるということだ。そんなに度々はないが、私は基本、長電話は固定の方でする。(ラインでつながってて直ぐすむ時は無料ライン電話を使う。でもライン電話はエコーがかかるので長くは嫌)そして電話中にすぐ情報が引き出したい時がある。携帯でも出来るが操作が面倒である。(すぐ操作ミスをして戻れなくなったりしない?)その点携帯が手元にあれば5秒とかからない。
これからの時代に何を選ぶ?
しかしこれからは携帯も一人1コから2コの時代になっていくかもしてない。仕事などに携帯が不可欠な人はもう既にそうしているだろう。少なくても私の様に固定電話と併用より増えていくだろうな。特に若い世代はファックス電話なんて知らないのでは。すでに欧米ではファックス等は過去の遺物で、すべてウェブで送っていると聞く。そういう点では日本は遅れているらしい。でも日本の紙文化が無くなる日はまだまだ先だ。
学校教育でもノートと鉛筆、よりPC画面とキーボードになっていくだろうが、キーボードに打ち込むより実際に書いたほうが記憶に残るという研究結果があるそうだ。
暗記するのに、「声に出して言う」と「ひたすら書く」というのは普遍的な方法ということだ。
固定電話と共に「もしもし」と言う年代もいなくなっていく。昔は通信状態が悪かったから「もしもし、聞こえてますか?」という意味だろう。(もしかして『もしもしカメよ、カメさんよ~』も今の子供は知らないんじゃ‥)今は何て言うだろう。「すいません、聞こえてます?」かな。
そういえばお笑い芸人が大きな携帯を持って「しもしも?」と言うギャグがあったな。あの頃は携帯は通話機能しかないただの携帯電話だった。しかしあれからわずか40年で私達はポケットにはいるコンピューターを持ち歩く。そのうち指の操作から、音声操作や目線一つで機器を動かす時代が来る。もしかしたら考えるだけで操作できるものも出てくるかもしれない。
そうやって人類は便利さを追求して何処に行くのだろう。かたや、いまだに狩猟採集や遊牧だけで何千年前とほとんど変わらない生活をしている人々もいる。どちらが幸せかなんてはかれない。
ハイテクと自然の、自分が心地よい混ざり具合いが何処かは、時代に流されずに自分で選ぶのだと意識するのが大切だと思う。
今の若い世代の生活がキツキツで貯金も出来ないのは、そういう高額な先進機器を次々と買わされるからではないだろうか。もちろん買うか買わないかは本人の意志だが、昔を知らないだけに不便さが我慢できず「便利さの追求の波」に乗ってしまう。いちど便利さを知ってしまったらもう元には戻れない。洗濯機があれば誰も手洗いはしないようにね。(人は何千年も手で洗ってきたのに不思議)
そうした高額な便利機器は定期的に壊れて買い替えなければならない様にできている。まだ使えるとしても省エネだの便利機能の追加だので買い替えさせるために、あの手この手を繰り出いしてくる。
オランダでは掃除機は一生モノの嫁入り道具だと聞いたことがある。それこそ吸い込むだけの単一機能。その代わり、土足文化なだけにパワーは日本の業務用並み。シンプルな作りの上にメーカーは日本の様につぎつぎと新機種を出さないので何十年も部品交換できて、壊れたら修理して使う。(非常に丈夫にできている代わりに少々お高いらしい。30万円位?)
日本では修理代の方が高くついてしまうか、部品が廃番でもう無いか。
私は今までバッテリー切れで使えなくなったコードレス掃除機を疑問を持ちながら幾つも捨ててきた。バッテリーさえ替えれればまだまだキレイなのに、どうしたらいいのだろう?やり方も分からない‥。
今はコードレスでもバッテリー交換できるものも増えた。現在使っているのはダイソンなので、何かあったら直ぐ送れるので安心だ。(回収から返却まで72時間以内で、という指標があるんだって)いいものを長く使う。そういうヨーロッパの伝統も見習わなくちゃ。(ダイソンは英国が本社)
私の子供の頃は通信費は月々の家の電話代だけだったのに、今の通信代はどうかしたら家計を圧迫しかねない額だ。また携帯を通じてのいろんなサービスの誘惑も多い。(ほんと怖いわ~)請求書見て青くならない様に要注意だ。
多機能で高額な機器を買っても使いこなせれば意味が無い。自分の身の丈にあった機能を選ばなくてはね。ステイホームで、携帯だけでなく家のなかのいろんな機器を使いこなしてなかったなあと改めて感じたのだった。
それではまた。ごめんなさいませ~。


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