手は唯一と言ってもいいほど、自分の身体の中でいつでも目にすることが出来る場所である。それだけに手をキレイにするといつでも自分のキレイを目にする事が出来て嬉しい。
この「自分の」と言うのが重要だ。何故なら普通の女性は、キレイと思えない自分の場所のオンパレードなのだから。そして手の中で最も目立ち、また失敗無くキレイになる場所が爪、つまりネイルである。
今でこそやや下火になったが「ネイリスト」が若い女性の人気職業として現れたのは記憶に新しい。センスと手先の器用さは要るが、学歴も資格も何年もの修行も必要なく始められ、場所も取らない。
お客もジェルネイルなど1度施せば数週間何もしなくていいとあって、お金さえ出せば面倒や努力ナシで綺麗が手に入り、しかもいつでも見て楽しめる。料金も独身貴族の女性にとっては飲み会1回分(ネイルの種類によっては2次会やタクシー代分も含む金額になるかも)で大したことはなかった。キレイ・カワイイ好きの女子がこぞってネイルサロンに駆け付けたのは当然だっただろう。
綺麗な爪が好きではない理由
何かちょっと悪意がある書き方だなー、と気づいたあなた。鋭い。
まずはやっかみである。
高校卒業してそのまま医療の専門学校に行き、病院勤務を何十年も続けてきた私にとっては、爪に何かを施すとかはご法度である。透明のマニキュアや爪磨きでツルツルにするのさえ、絆創膏(点滴の時に使う)がソコにくっつきやすくなるので、避けていた。友人やママ友の綺麗な爪を見る度に「いいなあ~」と憧れていたのである。無い物ねだりである。
以前は爪をキレイに保とうとするのは恐ろしく手間がかかった。
育児休暇で1年近く仕事を休んだ時も2度あったが、経験者はご存じの様にあの育児の時期に『やすりで爪を整え、マニキュアとトップコートを塗り、乾くまで待つ』が出来るわけない。よしんば子供が寝ている間に山の様な家事を片付けた後、睡眠時間を削ってやったとしても、爪が伸びてくればかえって汚くなるのでメンテは欠かせない。
果てしなく続くのは育児・家事だけで結構!とばかり、ネイルケアは放棄していた。「乳飲み子を抱え外出もままならないのに、誰に見せるというの?」というのもあった。
それが、ネイリストとジェルネイルの出現で簡単にキレイになり、メンテもほとんど要らなくなったのである。しかし問題はそのお値段。
美容院、まつ毛のエクステ、脱毛、エステ、それに加えてネイル。失敗のないプロに任せたら安心とばかりに女性達の支払いは増えていく。自己投資という名目で。本当に自己投資なのか?
投資という言葉は「リターンを予想して行う事」の意味を含んでいる。
この場合のリターンとは?(経済的リターンに限定している人もいるが)
1.自分がキレイになって嬉しいという自己満足。
2.周りの人の興味を引いたり称賛を受ける。
3.自分が女としてクラスアップした(気がする)。
3でハイクラスな恋人や夫をゲットできたり、仕事の面で昇給すればここで初めて経済的リターンが発生するかな。
まあ、髪型やエステはまだしも、ネイルでこのリターンが得られるかいささか疑問だ。3では、そもそも男性は爪など清潔であればいいと思っているだけじゃないかな。2にしても興味は一瞬もしくは数分だ。プロがやったのだからキレイは当たり前だし。(これが自分でやったのなら話が違ってくるが)
やっぱりわざわざ大金(私にとっては)払ってもするのは主に1のためだろう。
どんなときでも、ふと見れば自分のカワイイ爪がある。どんなに髪型をキメても、魅惑的な目になってもそれは鏡の前に行かないと見れない。しかし爪は違う。見るだけで気分を上げたり、心を慰めたりできるという利点はある。
自分磨きという消費の罠
ということはネイルに限らずプロによる「自分磨き」は投資ではなく、「娯楽」に近い。自分でやるならアレコレ工夫や我慢をしてテクニックが上達していく過程で磨かれていく部分があるのだが。
「そんなこと言っても自分じゃ上手く出来ないから仕方ないじゃない!プロに任せて何が悪いの⁉」
悪くない。ただこのご時世、格差が広がる中で裕福な若い女子がどれだけいるだろうか。そして「娯楽」はこれだけではない。服やバッグやアクセサリー、評判のカフェ。有料の知的講座。
自分をハイクラスに見せると自分を納得させる消費の罠に陥っている。私は一時期そうだった愚かな時代があった。ローンの支払いが、100万円近くになっていたのだ。( 結局は外見は経済力に頼る部分が大きいが、その為の資金を得るために長時間働き、貯金も出来ないなら良くないよね)
ネイリスト協会から非難されそうだが、高額のネイルもその一部の気がしてならないのである。オシャレにお金をかけてはいけないのではなく大切なのはバランスだ。
ネイル以外も見てますか?
別にネイルを目の敵にしている訳じゃないんだけどねえ。
ただ、今までネイルが美しかった人には2種類いて、一つはネイルも含めて全体がキチンとしている人、つまりネイルがおしゃれの仕上げになっている人と、「いや、ネイルに凝る前にする事あるんじゃない?」という人だ。(非難を承知で言えば太っている人に多かったり)服装で言えば、服はヨレヨレなのに靴だけピカピカのようなアンバランスさ。
それはネイルが努力ナシて綺麗に直ぐ出来るということ。そしてキビシイ言い方をすれば、いつでも見れて悦に入れれると同時にその分他を見ていないという事に他ならない。自分で自分を見れる唯一の、が弊害になっている。
自分を見るのは大切なことである。しかし、いい所と悪い所を冷静に等しく見るのは難しい。どうしても感情が入り、嫌な所は見るまいとしてしまう。もしくは必要以上に欠点ばかり見てコンプレックスの塊りになったり。もう一人の客観的な自分を持つには時間がかかる。
人の美しさは、顔が人並ならあとは体型と言動が全てだ。どんなに芸術的なネイルもムチムチぽってりした手とガサツな所作では何の役にも立たないのである。
だからネイルが嫌いじゃないんだってば。キレイな爪に憧れて貼り付けるタイプを使ってみたら、料理や着替えはしにくいわ、まるで眼鏡をしなれていない人が眼鏡をかけたときのような違和感はあるわ(何十年もしてこなかったんだもの。慣れは必要なのね)で断念しただけである。
それではまた次回。ごめんなさいませ。


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