人間は弱い。楽をしたいし、美味しい物や楽しい事がしたい。愛されたいし、尊敬もされたい。もし宝くじのような1生働かなくてもいい大金が手に入ったら、殆どの人は仕事を辞めて、いい住まいに住み、高級な物に囲まれ美食に走る生活をするだろう。しかし、それでは見せかけの愛や尊敬しか得られないと気付き、その為には苦しい思いをしなければならない事を知った上で出来るかというと。多くの人はその困難さに怖気づく。
だからこそ、その強さを持つヒーロー(ヒロイン)に強い憧れを抱くのである。
神様はヒーロー⁉
ヒーローは強い。その心がとてつもなく強い。ほとんどの人間は自己防衛本能があるから、自分が一番可愛い。なのにヒーローは自己犠牲を厭わない。そこに私達は感動するのだが。
ヒーローが他者の為に、最後は自分の命を投げ出して救って終わるストーリーは多い。映画だけでも即座に片手の数は言える。泣かせる映画の鉄板だ。
古くは聖書というのもある。今日本でとても流行っているアニメ映画を見て、何故かキリスト教の話と似てるなと思ったのだ。(クリスチャンの方がこれ見たら、何言ってんだと思うかもしれないが)鬼は勿論悪魔である。最後に自己犠牲で死んでいった彼はイエス・キリスト、柱たちは悪魔と戦う大天使たち。鬼滅隊は聖職者たち、という構造。(映画観てない方はワケ分かんなくてゴメン)この宗教も生まれた当初は、人々の心を救うために犠牲になった聖人たちがあまたいたのだろうが。
宗教は人間が弱い故に生まれた、思想というよりシステムだ。弱い人間が助け合って生きのびるための。そうやって結びつかないと殺し合ってしまう。人間が皆「一人は皆の為に、皆なは一人の為に」と考える事ができるなら、宗教は必要ないかもしれない。
自分だけが楽したい、いい思いをしたい、他人より有利に生きたい。そう言う欲(本能)が他者を虐げひずみを生む。それによって踏みつけられた人々の精神を支える為に宗教は出来たのだと思う。だがその宗教もやはり欲による腐敗は免れなかった。
映画を観た後で『この鬼滅隊の活動の財源は何だろう?』とか『業が深い人間社会で鬼はいなくはならないから、このまま鬼滅隊がずっと存続するならやっぱり腐敗するのかな』とか『現実社会ではこんな人の良い人達は騙されてあっさりやられるだろうな』とか考えてしまった。(少年漫画だっちゅ~の!)
これ程「善」と「悪」のハッキリした現実世界にあっても「他者への虐げ」は無くならない。殺らないと殺られる世界がそこに存在するからだ。戦争もそうだが、権力やカネに取りつかれて。高い志を持っていたとしても、実行する力を手に入れる為には汚い事をするのも仕方ないと考え始め、いつのまにか心を侵されていく人も。人は常に自己正当化の言い訳を考えながら生きている。
映画の影響力は?
そういうウダウダした悩みを一時的にもスカッとさせてくれるのが、この自己犠牲を伴うヒーローものである。主人公は(この映画のね)幼い頃に愛し尊敬する母から、自分が生まれてきた訳(存在理由)を刷り込まれる。「人より強く生まれた者は、弱い者を助けるべく生まれたのだ」と。そしてその信念は死ぬまでチラとも揺るがない。現実の人間が憧れるも、なかなか出来ない事である。それが主人公に同調して疑似体験できるのだ。
そういう映画を見た後は、自分も何か世の為人のためになる事をしたいと影響もされるだろう。(昔ブルース・リーの映画が流行ったときは、多くの男子が真似してたなー。)それは悪くはないが、残酷なシーンも多い。小学校中学年位からがいいのでは?と思わぬでもない。映画館、けっこう幼児も来ていたのが気になるな。登場人物が何度も自分の首に刃を立てるんだぞ?血も飛ぶよ?人間は良くも悪くも直ぐに慣れてしまう動物。人を殺めるという恐ろしい事も戦争では慣れてしまう。幼い子供に見せる映像には気を付けた方がいいと思うな。「わかってないから大丈夫」という事は楽観すぎるのではないだろうかと私も思う。
この話の全ストーリーをまだ知らないので、多くのコメントは控えるが大人が観て面白いものであるのは間違いない。映像も歌も良かったな~。
心にヒーローを持て!
ところで、宗教は必要かという話になると日本人にとっては「宗教無くても何一つ不自由ないじゃん」という答えが返ってくるだろう。世界の敬虔な信者たちは「どうして宗教無しで正しく生きていけるのか」と不思議がるという。
答えはヒーローである。日本には古くから勧善懲悪の話が多い。不正を正し、弱きを助け、命をかけて敢然と悪に立ち向かう。赤穂浪士の舞台が長い間民衆の喝采を浴びていたように、その手の話が日本人は大好きだ。私の親世代の人気テレビ番組といえば時代劇である。
そして私の子供時代のテレビはスポーツ根情ものかヒーローもののアニメや実写が多く、それを見て育った。彼らは懸命に悪と戦い、そして最終回は崇高な自己犠牲で終わるのも少なくなかった。フェアであること、助け合うこと、誰かの為に頑張る事。大切なことはヒーローたちが教えてくれた気がするのだ。
今も私の心の中には子供の頃に夢中になったヒーローたちが住んでいて、神様の代わりに、道を誤らない様にその生き様を示してくれる。彼らが『ただのフィクション』と思った時点で日本人は落ちていく気がする。神様が作られた理想である様に(信者からクレームくるかも)日本人にはヒーローが作られた理想だ。その理想に到底届かなくても、面てを向けて生きていけば良いのである。
そういう意味では今回の映画の死んでしまった彼も私の中のヒーローに仲間入りである。
それにしても、これを書いている間ずっと頭に流れているこの映画のメインテーマを誰かどうにかしておくれ~!
それではまた次回。ごめんなさいませ。


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