リストラ生活節約術 79 真剣に楽観的に 

 世の中は年末年始の休暇に入ってきている。今日から9連休の人もいるだろう。
 この長い休みを日本人は、帰省も旅行も出来ずに過ごすしかない。そもそも人間は太古の昔から、洞窟を出て狩りをして生きてきたのだ。閉じこもってはいられないのに。旅行を制限したって、街やショッピングセンターに人は溢れるだろう事は想像がつく。勿論今がかき入れ時とばかりに働いている人も。
 休みが長くても、短くても手放しでは喜べない。
 停滞している経済で、出勤・給与とも少ないか、人員整理で社員が少なくなった為に休日出勤を余儀なくされているか。どちらにしてもいい方向には行ってない気がする。

 私の中の働き方改革は

 経済が活性化する為にはチマチマ節約なんかせずに、消費しないとダメとは分かっているがこればかりは「今は無理」。せめて65才の年金受給年齢(あと約4年)まで、出来るだけ資産を減らさずに持ちこたえるという目標がある。
 できれば年金の繰り下げも視野には入っているが、毎年こっそり減っていっている年金支給予定額(年金定期便を見ようね)からして状況を見て決めようと思っている。

 問題は『資産を減らす』どころか『資産を増やしたい』ので、消費の分だけ稼いでも追っつかない。今年から積み立てNISAを始めたのでその分もというと、ほぼフルタイムで働かないといけないかもしれない。半年以上仕事から離れて好きに暮らしていた身としては、それはすご~く気が重いのである。

 働くのがイヤなのではなく、フルタイムがイヤなのだ。
 現在フルタイムとなったら普通1日8時間、完全週休二日制(そうじゃない所もまだ多い)だとしても40時間の労働。自由に休む日も自分で決めれないのも困る。趣味の日に休めないからだ。
 AI化が進んでフルタイム勤務が週休3日で好きな日に休める未来が来たら別だが。

 私は仕事をするのは、趣味を楽しむための生活費を稼ぐ為と割り切っている。趣味に2日、劇団、家事、その他に1日で、できれば仕事は4日にしたいというのが望みである。(理想は仕事は週に2~3日)どうしたらそうやって生活できるか、ここ数か月グルグル考えているのであった。

 「何を甘えたこと言ってるの」「何もかもそう自分の都合のいい様にはいかないのよ」とお叱りを受けるかもしれない。
 しかしもう60才。ガムシャラに働いていいトシではない。リストラの当初は「夜勤もやむなし」と考えていたが、夜勤がどんなに身体に負担だったか知ってしまった。眠らないという事がどれだけ身体と気力と思考を削っていくか、ちゃんと寝るようになってやっと判ったのだ。もう戻れない。

 そして出来ればあと10年は社会と繋がりを持ち続ける為に仕事はしたい。身体や心と相談しながら息長く働き続けたい。その為にはどういう条件が必要かを考え抜いた結果である。

 週30時間以下の労働(もちろんパート)。週1の趣味(コーラス、ダンス)劇団もあるが、練習は変則的で月に2~4回。趣味を中心に1週間が回っている。
 ただ今の様な社会的な連休に入ると、趣味のクラスもお休みになるので途端にヒマになる。仕事も、夜勤がない医療の職場は大体祝祭日は休みになるだろうから、正月やゴールデンウイークやお盆は(3日間だけならいいが土日がつながるとね)なーんにも無い。旅行はバカ高いだろうから行けない。事実今日から9日間のあいだ、正月に息子がカニ食べに来る以外は何の予定もない。
 今はハローワークの制約があるから積極的にバイトはできないが、長期休暇の時はヒマに耐えられずに何かバイトをするのもアリかも。

 リストラよ、有難う

 去年の暮は病棟勤務で「年越しは誰になる?」なんて話していたかな。来年はもうここには居ないなんて思いもせずに。
 1日もお休み出来ない病棟では盆も正月もない。私も何十年も年末年始は出勤し、何回も職場で年を越したものだった。リストラがなければ生活はずっと同じように続いていただろう。生活は保障されていたが、自分の身体を見直して健やかに保つには何が大切か気付かなかったし、心をのぞき込んで「どう生きたいか」を探してはいなかっただろう。

 リストラされて良かった。人生を振り返り、これからの事を考える時間をもらえて本当によかった。家も生活も随分整理できてシンプルになった。今ほど楽しく生きてる時は無いといえるほどである。
 10年以上一緒に働いた仲間との別れは淋しいが、また新しい仲間もできる。新しい事が学べる。

 来月また面接がある。今年の第一回目の面接は失敗に終わったが、不思議なことに過ぎてみれば、なるべくしてなったという気がする。(ただのポジティブ思考か?)
 面接する度に分かる事がある。前回の面接で感じたことは「小規模の職場ではトップ(院長や婦長)との相性が大切」ということである。面接時間はほんの30分足らずなのだから、そこはカンだろう。

 面接はお見合いと同じ⁉

 ん?ここまで書いてなんかデジャヴュ?
 そうか、面接は、30年以上前にしたお見合いに似ているのか!
 30才に近くなっても1人も彼氏を連れてこない娘を心配した父が、次から次へお見合い話を持ってきた時期があった。彼氏が全然出来なかったワケではない。結婚したいほど惚れてなかっただけである。だから長続きしなかった。(サイテー!)
 お見合い費用は全部親が出してくれるので、毎回美味しい物が食べられるとあってホイホイお見合いに出かけていた。、運命の出会いも一応期待したし。5~6回はしただろうか。

 大抵は1回で「ごめんなさい」である。(向こうもそうかもしれないが)しかし回を重ねる毎に「自分はどんな相手と結婚したいか」が明確になってきた。最後に会った人とは真剣に迷った。殆ど自分の思う条件をクリアしていたのだ。ただ1点を除いて。
 同じ県内に住んでいたら結婚していたかもしれない。その頃私は仕事の他に、ダンスや自動二輪でのツーリングを楽しんでいて其々に仲間がいた。(何でそこで見つからなかったのかなー)それらを全部捨てて彼の元に行く情熱がなかったのだ。私の結婚には情熱が必要だったという訳だ。
 その後友人の紹介で知り合った夫と熱烈スピード結婚をした。結婚の仕方としては満足している。

 しかし今度は最初から迷わない。今度も「今あるものを捨てない」が絶対条件だから。お見合いを重ねた様に、真剣に面接も重ねているうちに明確に分かってくるものが増えていくだろう。お見合いさえも5~6回したのだ。面接だって何回でも来~い!
 仕事もそのうち納得できる職場にきっと出会えると信じている。真剣と楽観的は両立するのだ。

 それではまた次回。ごめんなさいませ。
 

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