新しい年が始まった。誰もが「今年は幸せになります様に」と願う。
それでは幸せとは?幸せにもいろいろあるだろう。私達はどんな幸せを望んでいる?
大きな幸せと小さな幸せの違いとは?
私は幸せは、大きな幸せと小さな幸せに分けられると思う。
食いしん坊な私は、幸せの大小を料理でイメージしてしまったりして。
例えば大きな幸せはコース料理みたいにドーンとメインのご馳走があって、その前後はそれを引き立たせるような軽いものかな。一方小さな幸せは、懐石料理の様に大きなメインは無いが一つ一つが違う趣を主張しているもの。
つまり大きな幸せ一つだけ(コース料理)と、小さな幸せがチョコチョコある(懐石料理)とどっちが食べたいかなと考える。
そりゃあ大きな幸せも小さな幸せも両方あったがいいけど、光り輝く1等星の周りの星が見えなくなるように、大きな幸せがあると他がかすんで見えなくなるのが人の常。極上のステーキの後に松茸の土瓶蒸しがきても、ね。幸せが感じられるかどうかもタイミングか。
本当にそうなのか。そもそも幸せには大小ないんじゃ?というお叱りもあるかも。
大きな幸せと小さな幸せは全く別物なのか?
幸せの性質って何だろう。
大きな幸せって何を思い浮かべる?受験の合格、結婚、出産、社会的な成功、病気の完治、とか?どれも一定期間努力して達成するもの。
そうか、達成感が大きな役割をしているのね。それは自分に対する信頼度がアップした時だ。自分に「よくやった!」と言える時。
そして努力しただけに無くすまい、維持しようと頑張ってすぐに消えない。
だから宝くじに当たるとかは「幸せ」ではなく「幸運」に過ぎないから直ぐに無くすのね。
大きな幸せは『自分で作りだすもの』と言える。
それでは、小さな幸せって何だ?
美味しい物を食べた時。家族で集まって何か(お祝いとか)する時。自然や芸術の美しさに触れた時。そして、自分にちょっと「まだまだ捨てたもんじゃない」と思う時、などかな。
つまりは『気づき』である。達成感はあまり必要ではない。小さな幸せは自分で『ソコにある事に気付く』かどうかである。
気づくだけだから、人はいつでも小さな幸せは手に入れることが出来るはずである。
しかし。現代人は、日本人は小さな幸せの星をどうも見つけにくい思考に陥っている人が多くないか。空を雲が覆って、一等星しか見えなくてそれだけが幸せと思い込むような。
なぜなら幸せは「生きやすさ」の比較から生まれるから。
いつも美味しい物を食べていては、なかなか「これ、美味しい!」にならない。いつも会ってるから「会えて嬉しい」とは思わない。自然や芸術もいつも同じ物には感動は薄れる。
食べ物を美味しいと感じるのも、社会的繋がりを嬉しいと思うのも、心身を高揚させたり安定させるのも人類が生き延びるために獲得した本能だ。人間は生きやすくする為に幸福感という報酬も手に入れたのだ。
しかし現代は、満たされていることで逆に小さな幸せは遠のくのかも。そしていつも自分よりより満たされている他者が見えて比較する‥。
幸福感には脳内ホルモンが必要⁉
幸福感は脳に分泌されるセロトニン、オキシトシン、ドーパミンの3つによってもたらされるとされる。報酬系と言われるホルモンである。簡単に言うと
セロトニンは自己の安定や平和、オキシトシンは他者との繋がり、ドーパミンは達成感に関係する。そして幸福感はこれらが単体、または複合してもたらされると私は考えている。小さな幸せは単体である事が多く、大きな幸せは2つ、3つと重なったもの。
大切なのは全ての幸せの土台がセロトニンハッピーであること。この上に後の2つが乗るというイメージである。特に大きな幸せはセロトニンの上にオキシトシン、その上にドーパミンの三段重ねである。セロトニンが整っていないと、大きな幸せどころか、小さな幸せも感じにくいのだ。
セロトニン‥自己の安定と平和。自己肯定感とも言える。それだったら、今の状況が自分で認められなかったり、劣等感に打ちひしがれていたらダメじゃん、って?
これの分泌に関しては、生い立ちとか環境も影響すると言われているが、自分である程度高める事ができる。それで幸福感が高められる。
「幸せだからセロトニンが出る」じゃなくて「セロトニンが出るから幸せな気分になる」だ。
ほら、楽しいから笑顔になるのでなく、笑顔を作れば楽しくなるってやつよ。
規則正しい生活。太陽を浴びての朝散歩。身体にいい食事。
ふ~ん、つまりそれだけで、少なくとも小さな幸せは手に入るのか。道理で、今の私が幸せなはずだわ。オキシトシンは毎日は愛猫からと、たまに会う家族や友人から。その上にドーパミンを乗せて大きな幸せを得る為には、そこからの努力が必要だが。
内面から変えようとするのであれば、今流行りの『マインドフルネス』。瞑想とか内観とも言われるもの。これで生きている事や生かされていることに感謝の気持ちを持つという。詳しくはググってね。
ドーパミンは取り扱い注意の脳内ホルモンである。なぜならこいつは強い常習性があるっぽい。ギャンブル等の中毒はこれのせい。しかもすぐ同じレベルでは感受性が悪くなり、より大きい刺激を必要としだしエスカレートする。セロトニンという土台の無いドーパミン単体(ギャンブルやゲームのクリアなど)の幸せは危険なのだ。
大体これらの中毒の人はセロトニンやオキシトシンハッピーが満たされてないのでは。その渇望ゆえにドーパミンに走る。順序が逆なのだ。下からちゃんど積み上げないと幸せにはなれないよ?
結論。小さな幸せを積み上げないと、大きな幸せは得られないという当たり前のお話。
今年も小さな幸せを積みあげて、幸せになろうっと。
それでは今年のあなたの幸せも願って。また次回に。ごめんなさいませ。


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