人間は社会的な動物だ。他人とのコミュニケーションや共同作業で生きていく。
しかし大人であれば一人の時間も大切になってくる。それなりに気を使って疲れる脳を休ませたい時。自分の考えをまとめたい時。一人でしか出来ないことがやりたい時。
しかしそれもバランスである。ずっと誰かと一緒とか、ずっと一人っきりでは心のどこかが渇いてくる。
共感がなければその先も無し
一人が好きという人もいるだろう。(ハイジのオンジみたいな?)
見た所それは男性に多い。黙って思考する男性と違って、女性は喋りながら思考を整理する。だから喋る相手が必要なのだ。そして何時間でも喋れる。
仕事から帰るなり、妻から機関銃のように話しかけられる夫もいるだろう。話す事、そしてその内容に共感してもらうこと。女性はそれでストレスを解消し心の安定を得る。
男性の方々は女性同士のお喋りを聞いてると「そうよね~」「うん、うん」「わかるわ~」「そうそう」など肯定の合いの手がしょっ中入るのに気が付くだろう。
『話す』と『共感』はセットである。だから妻の話を「ふ~ん」と聞くだけとか、途中で「それ、違うんじゃないの?」とか口を挿んではいけない。そのとたん妻の心の窓がパタンと閉じる。妻は『共感』してもらいたくて話している。『賛同』ではないのだ。感情の問題である。どんな感情を『共感』してもらいたくて話しているかを読み取って欲しい。
くやしさ、驚き、喜び、面白さ等々。「へえ、面白いね」とか「それは悔しいね」とか一旦共感して満たしてあげる。それ無しではアドバイスなど受け入れない。
女性にとって大切なのは「そのアドバイスが正しい(適切)か」ではなく、「自分の味方がアドバイスしたか」。『自分は貴方の味方である』と示せば、そこでやっと耳を傾けるのである。
それを知らずに、助けてあげたいという気持ちがあっても『共感』をすっとばして解決策を口にする男性は多い。そしてすぐに不条理な反論にあう。
世の男性には是非ともこの共感技術を身に付けて頂きたいものである。自身の幸せのために。
その辺は私の次男は上手い。さすが女性が8割と言われる文系私立大学で4年間揉まれただけのことはある。私の手料理で「美味い」と口にするのは次男だけである。(たとえそれが買ってきたものであっても供したものを喜んでもらえるのは嬉しいよね)「良かったね」とか「いいと思うよ」など肯定の言葉も多い。長男はかろうじて彼女にしかそれをやらないから、まだまだだ。母親にまで出来て一人前だよ?
女は喋らなければならない生き物である
さて、女性にとっては一種の快楽とも言えるその『共感』を私は4日間もの間、全然得ることができなかった。正月で誰とも会わなかったからだ。独身の息子達は正月はそれぞれ忙しく年末に帰省はすませ、私は年越しと正月三が日を一人で過ごす事になった。
去年も一人暮らしだったが仕事をしていたので、休みはせいぜい続いても2日程度だった。仕事中は患者さんと話してないときは同僚とずっと喋っていた。黙っている時の方が少ない状態だったのだ。
「喋りたい‼」
しかしこの時期に他人の誰が会ってくれるだろう。
そして社会が日常にもどる1月4日、犠牲者が出た。
私が主宰している劇団の公演ビデオを依頼していた人から「出来上がった」という連絡があり、4日の昼前に受け取るために待ち合わせたのだ。彼女も主婦でお子さん達はまだ冬休み中。昼ごはんの準備もあろうかと思ったが『でも30分位はいいよね』と彼女の車で(スーパーの駐車場での待ち合わせ。寒かったので)世間話を始めた。そして‥。
「じゃあ、また」と別れたのは4時間以上たった後だった!
車の中で何も飲み食いせず、トイレも行かず。(ふたりとも昼ご飯抜き。私に至っては起きてから何も食べてない)空腹を感じるヒマもなかったほど、お喋りに熱中していたのだ。
彼女も途中で理由を付けて帰ることはいつでも出来たはずなのに、しなかったのは『私の迫力に押された』のか彼女も『喋り足りてない』状態だったのか。後者であれと願っているが。
彼女は数日後に入院・手術を控えており、その不安を話すことで軽減したかったのかもしれない。娘さんもおられるが、まだ高校生。話題もあまりないだろうし、共感技術もまだ未熟。私も母と『女同士の話』が出来るようになったのは、高校を卒業し家を離れてからだった。夫でこれができる達人はまれだし。
心ゆくまで話すことで(たとえそれが不安の原因そのものの話でなくても)不安を浄化しストレスを軽減できる。それは女性の特権かもしれない。
わたしも数日後に仕事の面接を控えていたのである。
そして私達は晴れ晴れとした顔で別れたのだった。心を満腹にして。
やはり大切なのはバランス!
逆になかなか一人になれなくてお困りの人もいるだろう。
例えば夫婦で自営業をしている人とか。
女性は元々子育てもしている事から、一人でいることよりこちらの耐性があると思う。たぶん辛いのは男性の方だろう。昔読んだ、男女の違いを書いた本に「男は時々一人で穴倉に入りたがる。今入っているなと思ったら、ジャマせずに自分で出てくるまで待ってあげること」ってあったな。
とはいえ一人の時間は誰にでも大切。考えたくなくても脳は勝手に色々な情報を繋ぎ合わせ、今まで気付かなかった問題に答えをくれることがある。昔から『ひらめく』のは散歩中、入浴中、トイレ中と言われてきた。今は散歩の代わりに運転中かな。全て他人に気を使わなくていい時だよね。
私は昔から運転通勤時間が長かったせいか、車の中が一番創作やイメージがまとまる。劇の台本やダンスの振り付けを考えるのはいつも運転中である。運転席に座り、いつもの道をいつもの様に走る時にスイッチが入る。たまに行先が違うのに気が付いたら通勤経路を走ってる、という時もあったが。
どんなに家で一人でいてもそっちのスイッチは入らない。もう運転動作が創造へのルーティンになっているのだろう。ちなみに車はマニュアルミッションである。
今、一人と誰かとのバランスは非常に悪い。一人は自由だが、心の澱を溜まらせない為には日常に誰かは必要だ。手っ取り早くは次なる職場で犠牲者を見付けようと目論んでいる。
それではまた次回。ごめんなさいませ。


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