リストラ生活節約術 91 成人の日に何をする?

 昨日は成人の日。今年は1月11日だった。
 1948年の祝日法で始まり、1月15日だったのが2000年からハッピーマンディの導入で1月の第二月曜となった、『大人になった自覚を促し、祝う日』である。
 男達はスーツ、女子達は華やかな振袖に身を包み集う。今年の式典はコロナの関係で一同に集めずに分けて行われた。例年ならば『面白いとは言えない』式典の後に、久しぶりに会う友人たちと盛り上がるのが楽しみだったろう。しかしそのまま飲食店に多人数でなだれ込むのが憚られるご時世。可哀相な新成人たちである。

 成人の日の思い出

 私が成人の日を迎えた40年前は、看護学校の寮生だった。実家に帰る寮生も多数いたが、私は帰らず居残り組になった。そのころ実家は私が学生時代を過ごした地域からは遠く離れた所に引っ越していて、そこの成人式に出ても誰も見知った友人には会えない事。そして父が副業で始めた事業が上手くいってないのを知ってて「振袖が着たい」とは言えなかったのからある。
 振袖は貸衣装でもけっして安くない。母は「借りてあげる」と言ったが断った。しかしその年の10月に、母がくも膜下出血で急逝すると知っていたら着て見せただろう。

 その頃は連休ではなかったので、実家が遠方の寮生で帰らない者は少なくなく、特に国家試験を控え、前年に成人している3年生は帰らずに勉強する。寮に残っても淋しくなかった。そして成人の日前夜に寮で『成人の日・イブ』パーティーをする事になり母に「帰らない」と言ったのだ。

 親の心子知らずとはよく言ったもので、たとえ振袖を着なくても母は私の成人を祝いたかっただろうと今にして思う。私はたった一人の娘なのだから。
 父は単身赴任。兄も就職で遠方にいて、母は一人暮らし。私だけが同じ県内で、寮といえども1時間半で帰れる。しょっ中帰る事も出来たのに、仲間と遊ぶことを優先して滅多に帰らなかった。私が電話で「帰らない」という度に、力なく「そう」とだけ言った母を思い出す。

 成人の日は結婚式と同じく「ここまで育ててくてた親に感謝する日」と言っていいかもしれない。「20才までまで、よく死なずに育ってくれた」それを改めて確認できて、成人の日で一番幸せなのは親である

 寮の地域の管轄の式典に参加するのは可能だったので(そのへんはまだ緩かったのね)それに出かけていく寮生もいた。私も行くつもりで先輩からフォーマルワンピースを借りていたが、前夜祭で飲み過ぎて目が覚めたらもう昼近くという『大人の自覚』などカケラも無い成人の日であった。

 成人したら何が変わる?

 成人になれば(厳密には20才になれば)自由責任が自動的にやって来る。酒もたばこもOKだけど、オイタをしたら罰するからね、である。それまでは少年法に守られていてもここで終了である。

 2022年の四月からは成人は18才に引き下げられる予定だ。何が変わるかというと
 1.親の同意無しでクレジットカードを作ったりローンが可能になること。
 2.女性の結婚可能年齢が16才から18才に引き上げられること。
 大学に行かずに働いたり、大学生でも副業やバイトで稼げる人もいるもんね。
 女性の16才結婚もあり得ないでしょ。今や高校を卒業するぐらいは必要だし。よくあるのは『できちゃった』から入籍して高校を中退するケース。「できちゃったら一緒になればいいじゃん」な気持ちでやっちゃいけませーん!(何を?)

 引き下げられずに、変わらず20才からのままなのが酒・たばことパチンコ以外のギャンブル。(どうしてパチンコだけ18才からでいいのかね?)
 すべて中毒性のあるものばかり。大人になったんだから節度をもって楽しみなさいってことだろうが、そもそも精神的に大人になる年齢は人それぞれ違う。私なんか30才近くになってやっとオトナの分別ができた気がするわ。
 少なくとも、幾つになってもこれらの中毒から抜け出せずにいる人たちは、まだオトナではないということだ。これらで払わなくてもいい税金を搾り取られていることに気づけない、もしくは気づいていても止めようという行動を起こせないのだから。

「自分が稼いだ金を何に使おうが自由だろうが!」
ハイハイ、おっしゃる通りですが。自分が稼いでないお金を使ってまでやりたいと思うのが中毒の恐ろしいところである。ギャンブルで生活や家庭が破綻した話は枚挙に暇がない。18才でローンが組めてもギャンブルの為の借金はダメよということだろう。

 それなら少なくとも、高校でローンの仕組みや中毒のメカニズムをしっかり教えるほうが、数式や化学式よりよっぽど国民の為になるだろうに。国がやってくれないなら(というか政治家や官僚も加担しているからねえ。競馬は農水省、競輪とオートレースは経産省、競艇は国交省が管轄し、totoは文科省が指導している。これらは各官僚の大切な天下り先という。)ローンやギャンブルで得をしている一部の人間の餌食にならない様に自分を守るのが大切だ。

 日本では昔から男子は15才前後に『元服』をして、一人前と認められた。戦いの絶えなかった時代では元服するということは「死ぬ覚悟をする」に他ならない。元服したら戦では出陣しなくてはならないからだ。
 女子は江戸時代以前は『髪上げ』『裳着』、後世では同じく『元服』と呼ばれたらしいが、ここから髪を結いあげ、お嫁に行けた。女子にとって嫁に行くこともある意味戦いであった。他人に囲まれ、その中に自分の居場所を作る為の。

 どちらにしろ絶対的なタテ社会においては自分を殺すための我慢が出来るのがオトナの条件だったろう。しかし、今は自分を活かすための我慢をする時代である。ただ現状を我慢するだけでは、大きな利権や組織に飲まれてしまって潰されかねない。しかし何かを成すにはやっぱり我慢が要るのである。
必要な我慢と不必要な我慢を見極める目を養う出発点。それが成人の日かもしれない。

 それではまた次回。ごめんなさいませ。

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