リストラ生活節約術 92 猫と暮らすの巻(その②)

 今は空前のペットブームと言われている。独り暮らしでペットに癒しを求める人が、それだけ増えたということだろうか。
 特に室内で飼える小動物。ウサギ、フェレット、小鳥も人気である。
 昔は犬は屋外で番犬にしていたが、今や周りは愛玩目的の室内犬だらけ。まあ、犬は直ぐに泥棒に懐柔されて番犬にはならないとされている。品種改良で『より人間に懐く』ようにされたのも一因と言われているね。(秋田犬は他の犬と違うらしいよ)

 ペットは動物からロボットへ⁉

 犬は寒さに強いが、近頃の夏の酷暑には耐えられないだろう。猫だって今は放し飼いはダメと言われているから、ペットの為に家人は留守にしててもエアコンはつけっぱなしだとも聞く。留守中無事かどうか監視カメラもつけている人もいる。以前からペットも家族の一員と言われるが、文字通りそうなってきた。

 最近AI搭載のペットロボの通販番組を見た。(テレビはもう無いから、携帯のアプリでね)かってロボット犬が話題になったが、犬猫のような既存の動物はやはり本物には敵わないと知ってか、架空動物である。目が愛らしい太めのペンギンみたいな恰好で、人語は発さず赤ちゃんみたいに「ふんふん」言う。着せ替えもできて、抱き上げればパタパタ手を振って喜ぶ。まさにお世話の要らない赤ちゃんである。
 勝手に充電し、飼い主(?)の癖も覚え、歌も一緒に歌うという(「フンフン語」で歌う?)
 価格は初期設定費込みで50万円以上。まあ、血統書付きの犬猫でそれ位するのもあるけど。
 
 確かに故障はするかもしれないが、病気にならないし死なないし、吐いたり排泄物の始末も無い。ウチみたいに猫に家具や壁をボロボロにされたりもしない。暑さ寒さに気を使わなくていい。
 映像に出ていた購入者は一人暮らしの相手というより、核家庭で子供代わりだったり、一人っ子の兄弟代わりって感じ。もともとペットというのは『成長しない幼児』である。手がかかるからこそ愛おしい。絶対代わりにはならないと思うけどねえ。
 今までロボットの欠点だった『成長しない』がAIで何処まで変わるか、要注目だ。
 それにお掃除機能が付いたら私も考えるけど。

 ペットの食事事情は

 犬猫は昔は残飯を食べていた。特に犬は何でも食べる。自分の○○チさえ食べることがあるという。
 私の父の実家ではシェパードが飼われていた。実家は宴会施設だったのでよく大量の残飯が出て、それを犬用鍋で煮てエサにしていたそうだ。酔っぱらって帰宅した若き父が、空腹で間違って翌朝犬にあげるそれをすっかり食べてしまったという逸話を聞いたことがある。

 犬はともかく猫は人間と同じ物は食べない。ご飯に鰹節や味噌汁をかけたものを何故、猫まんまと呼ぶか分からない。猫は肉食獣なのだ。
 人間の食べ物の強い塩分はペットの身体の負担にもなるし、禁忌の食材もあることから今の飼い主の殆どは専用のペットフードを与えている。そしてそれに慣らされた猫はそれしか食べなくなるのかね。本来猫は小鳥やネズミを捕まえてバリバリ食べて生きてきただろうに、ウチの猫はもう生肉、生魚は見向きもしない。私が食べる物のおねだりをすることなく、大人しくキャットフードのみ食べるのである。

 そのくせ7㎏もある肥満猫だ。オヤツもやってないのに何故だろう?運動させようと何種類かおもちゃを買ってきても鼻で笑う顔をして、乗ってくれない。(人間のおデブさんが運動を嫌うのと一緒⁉)
 以前、職場の同僚に「猫のダイエットで悩んでいる」というと、『肥満猫用のペットフード』で減量に成功したと教えてくれた。肥満猫用でカロリーが低いからではなく、肥満猫用は不味いので食べ残すようになり、自然に食べる量が減ったのだという説。ホント?
 試してみたが、うちの子は食べ残す事無く、体重もそう減らず、失敗に終わった。肥満猫用が以前より美味しくなったのか、うちの子の味覚が雑なのか‥。

 猫は原産がエジプトや中東の暑い地域のため、寒さに弱い。ウチの猫は12月から電気毛布を敷いてやった寝床で一日中寝ている。もう春になるまで電気毛布なしには戻れないかもしれない。文句がある時はいつまでも付きまといニャアニャアいうワガママさんだ。
 10才なのでそろそろ高齢者の仲間入りである。寿命的にはあと5~6年?
 猫はワガママ言えなくなったらお終いと思っている。

 動物の寿命は「食べれるか」どうか

 私の友人は今飼い猫の終末期看護をしている。15才で急に衰え、満足に飲めず食べれずになった猫に毎日輸液をし注射器で口に流動食を入れてやるということを、もう1ヶ月以上している。飼い猫でなければとっくに命は尽きていたかもしれない。野生動物であれば、エサが取れなくなった時点で命はお終いである。
 いつかウチの子にもそういう時が訪れる。動物であらば誰しもだ。
 人間も例外ではない。高齢になって寿命が尽きるかもしれない時どうするか。どこまで医療で頑張るかは難しい問題だ。人生観や宗教観も関わって来る。

 欧州では「食べれなくなったら神の下に行く時」という考えらしい。胃ろうをするのは日本だけと聞いた。「食べる」イコール「生きる」なのである。「食べる」という行為は栄養を摂り込むという事だけでなく、咀嚼や唾液分泌、嚥下運動などがあり、それらは消化活動だけでなく脳活動や免疫や精神面への影響まで波及する。つまり「食べない」と人間としての活動が一気に低下するのである。

 逆に老人ホームなどで老衰でお亡くなりになる時は、その前にパタッと食べなくなると聞いたことがある。「その時」が来たら食べなくなり(身体が欲しなくなる)起きていられなくなり、こんこんと眠っているうちに逝くと。そこのドクターは、眠る時間が長くなったら家族を呼ぶそうだ。

 皆なが「ピンピンコロリ」を願っている。朝起きたら逝っていたってやつ。死は恐ろしく、死期をしらぬままがいいと。気持ちはすごく分かる。
 しかし「食べれなくなって」の方が自然の理に適っているように私には思える。
 自分も周りも心の準備ができるし、家族に見守られて逝きたいというのもある。私はお別れも言えずにいきなり死にたくないのだ。
 よく臨死体験で、幽体離脱する話があるよね。臨終を告げられた家族を上から見下ろしているシーン。私は魂が抜けた時、私の枕元にいる人々にお礼を言って去りたい。
「いい人生だった。有難う」と。

 まずはウチの猫を看取る時、猫にそう言ってもらえるよう共に日々を過ごそうっと。

 それではまた次回。ごめんなさいませ。

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