リストラ生活節約術 101 仕事が決まる!

 リストラされての無職生活も、はや7ヶ月。それももうすぐ終わる
 何故ならやっと仕事が決まり、来月始めから働き始めるからである。
 無職生活とはいえ、雇用保険の給付金のおかげで経済的な不自由は無かった。逆に何故かちょこちょこと小銭が入り(不要な医療保険の解約金や台風の損害への御見舞金など)旅行にも行ったのに全然貯金が減ってない。いろいろ節約も頑張ったおかげで、退職金もまんま残っている。ありがたや。

 妥協するとこ,しないとこ

 4度めの面接だった。正直ほっとした。面接って何度やっても緊張して精神的負担だわ。
 最初のうちは、35年以上助産師として産科で働いてきたため、産婦人科以外は難しいだろうということ。そして夜勤はもうしたくないという理由で産婦人科外来を希望した。
 前の職場では60代でもバリバリ夜勤をこなしていた人も数人いて、私も当たり前の様にそうするつもりでいた。だが、無職中に規則正しい生活の爽快感を知ってしまった今、もう元には戻りたくない思いが日々つのり。日曜日も劇団練習があるから、ということは外来勤務が一番やりやすいのかなと考えたのだ。

 しかし、やっぱり週2回のお休み(趣味の為。それも月曜から)というのは外来勤務ではキビシかったかもしれない。どこでも月曜日は忙しいのだ。「エーッそこがダメ⁉」となるだろうな。1回目2回目の産婦人科外来勤務の面接結果は不採用。
 私もよくよく考えてみれば、雇用給付期間がまだ残っていて、勤労意欲がまだまだなのを見透かされた感があったと思う。

 そして、2つの面接を経て、仕事を決める上で今後は通勤が大変なのは仕事内容以上にパス、と認識を新たにした。
 東京などでは、当たり前に通勤に片道1~2時間かけている人も珍しくないと聞く。私もかって子育て中は、保育園に寄る時間も入れたら片道1時間半ぐらいかかっていた時期があった。若さの勢いと今しか考えれなかったという時期だった。
 しかし、これからあちこち不調になり易い身体と相談しながら生きる年代で通勤時間の負担は軽視できない。毎日の事である。もし2回目の面接の所に決めていたら往復2時間。徒歩アリ、交通機関の乗り換えあり。う~ん‥。これを70才まで(もしかしたらそれ以上)続けるのはいかがなものか。(やってる方にはゴメンナサイ)

 そこで最終的な条件として、車で通勤できて30分以内、産科に拘らずにもっと勤務時間の自由度が高いこと。その条件に合った訪問看護分野をハローワークで見つけ、チャレンジすることに。
 しかし担当の方曰く「タイミングが悪かった」。ちょうど今時期応募が殺到していたとのこと。私みたいに『そろそろ雇用保険が切れそう』な人が増えてきたということかな。
 ソコの職場は平均30才代で皆若く、「還暦であと10年?の人」と「同年代の若いの人」ではやっぱり若い人をとるよね。後日不採用の連絡が来たのだった。

 諦めなくて良かった!

 しかし、ソコの紹介で今回の職場への面接の運びとなったのである。提出した履歴書はそっちに送ってもらう事になった。

 人生どうなるか分からない。指定の時間に面接にいくと、履歴書はまだそこに届いていないにも関わらず、即日採用になったのである。なぜそこまで信用(?)してもらえたか。

 その訪問看護ステーションはかって私が24年働いた総合病院の併設といっていいような所にあり(病院の駐車場に事務所があるが別組織と思われる)「元ここの職員なら」という事かな。
 あまりにもあっさり決まり、ユニフォームまで渡され頭の中はまだ「マジ?」状態で帰ったのだった。
 事務所まで通勤ラッシュの時間帯でなければ片道車で10分。ラッシュにひっかかっても30分はかからないだろう。仕事の移動もマイカーでできる。(車の運転は全然苦じゃないもんね)趣味の時間も考慮してシフトを組んでくれるという。仕事内容はまだ分からないが、職員の方々も年代が近く話が合いそうな予感。諦めなくて良かった!

 これでやっと。人生のページをめくることが出来る。
 リストラ生活中、一人暮らしの私が何に困ったかというと『孤独』である。
 コロナ禍で趣味のサークルも自粛気味。週に2~3回しか人に会えない。3日4日誰とも会話しない日々が続いていた。サークルで個人的に一言二言しか言葉を交わせない時があっても、「誰かと繋がっている」という感覚は少なくとも得られたが。(子供たちはって?こういう時ってホント息子達は用事のある時しか連絡ないんだから)

 一人で過ごす時間は必要だ。しかし今の状態はあまりにも淋しい。
 一人で自由な時間が楽しくて仕方が無い時期も数か月前にはあった。このまま働かなくて暮らせたらいいのに、と思った時も。
 しかし生きていく上で必要なもの。「自分と言う存在が誰かの役にたっている」「誰かに必要とされる」という実感は仕事かボランティアでないと得られないだろうと思う。(無職期間にボランティアを探さなかったのはいずれ仕事を始めて中途半端になるのを恐れたからである)

 仕事はすべて『誰かの為』になっているにしても、直接人とと向き合うこの医療という仕事は、きっと今空洞になっている私の心の隙間を、苦しみと喜びで満たしてくれるに違いない。

 趣味の生きがい仕事のプライド。この二つが今の私という車を動かしていく両輪である。どちらが欠けても前に進めないのだ。

 それではまた次回。ごめんなさいませ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました