リストラ生活節約術 106 生きているという実感

 リストラ生活あと2日。
 昨日は久方ぶりに充実した忙しい日だった。
 5時起きでブログを書き、9時には近医に健康診断へ(職場に出す為)。
 それが終わって帰宅後食事(健康診断の為飲まず食わずだったので)、そして今度の職場へ書類をとりに行き(片道10分はやはりいい!)その帰りに買い物をして、午後からいつものダンスレッスン。その後は友達とお茶をして、ハローワークへ時間ギリギリに滑りこんで就職届提出。
 家に帰りついたのは5時半。食材を電気圧力鍋にセットしたら(昨日は豚と野菜の味噌煮込み)入浴する。お風呂から上がればオカズが出来ているので(それにモズクと冷ややっこを足して夕食。友人とプリンアラモードを食べたのでご飯は無し)YouTubeの動画を見ながら食べる。9時前には眠くなったのでベッドに入り、本を読みながら寝落ち。そして今朝は4時半に目がパッチリ。

 大切なのは生活のメリハリ

 そうそう、これこれ!時間を有効利用するためのスケジュール組み立ての面白さ、そしてそれが順調にこなせた時の充実感を思い出した1日だった。
 元々仕事も分刻みのもので、一日はあっという間に時間が過ぎていたものだった。若い時から多趣味で、休みの日は休まずに趣味に没頭していたし(掃除をしない習慣はここでできたのかね)。
 仕事をしていた去年までは「あ~、一週間ぐらい仕事しないで南の島かどこかでボーっとしていたい」とよく思ったものだった。病棟勤務で夜勤シフトもあり、まとまった休みなど取りにくい職場ではあった。
 そこにリストラという神様からの贈り物が!
 最初は確かにショックを受けた。10年以上共に働いた同僚たちとの別れ。雇用側から「必要ない」と切り捨てられた悲しさ。これからの人生設計の変化に対する不安。
 世はコロナ禍で大変な時期(令和2年6月)だったが、そうして私の人生を変える無職生活が始まったのだった。

 最初は失業給付期間もコロナで延長し、暫くは経済的な心配が無かったせいか毎日が楽しかった。ブログを始めて書きたかったお産関連やダイエットの記事を書いたり、投資を始めてみたり、放置していた家の片付け(18年分をスッキリ!)をしたりで結構充実していた。
 しかし、11月の劇団の公演声楽の発表会が終わると、段々する事が無くなって。
 極め付きは年末年始。コロナで、クリスマス会や忘年会も無し、帰省もダメ、gototも停止。趣味のクラスも正月休み。何もする事ない、ヒトとも会えない日々。

 今の生活にそろそろ限界を感じて、今年に入って本格的(気持ち的にね)に就職活動を始めた。そして4回目の面接で採用。
 最初「産科勤務じゃなければ」と考えていたがそれも変わる。
 何より私にとって大切な趣味の時間の融通が付く事。通勤が車で、尚且つ職場が近いこと。これから10年働き続けるのに、大事なのはこの3つだった。これらが仕事内容より最重要条件であることは、面接を幾つか受けながらやっと気づいたことだった。

 そしてもう一つ真から理解した事。当たり前のことなのだが、人間の生活にはメリハリがないと生きている実感がわかないこと。忙しい日があるからボーっとしてると安らぐ。そして、時にはエネルギッシュに動いて達成感を味わう。今年に入っての私はボーっとしている事に倦んできていたのだった(贅沢者め!)

 助産師なのに産科以外で働く?

 今思えば不思議である。助産業務がしたくて、12年前に産科が閉鎖になった総合病院を辞めて産婦人科の個人病院に移ったのではないか?これから携わる内科的な看護業務は嫌になったからではなかったか?昔は「もう無理」と逃げた所に戻るのか。どういう心境の変化だろう。

 思うにあれから私も年をとり、高齢者看護に、その生活や生き方に強い興味を抱くようになったからである。在宅看護や緩和ケアの対象者は殆ど高齢者である。
 そして若い時には想像もつかなかった、病を持つ年配の方々の気持ちに。
 自分だったらどうしたい、どうして欲しいという想いが一層巡る様になったというか。
 実際にその病を持っている訳ではないから、あくまで想像だと言われればそれまでなのだが。

 若い時にそれが無かったわけではない。なければ医療の道には進まない。しかし経験の無さによる限界はある。あの頃は「しなければならない事」で精いっぱいだったのだ。

 暫くは慣れない仕事にいっぱいいっぱいの日々が続くだろう。一つ階段を這いあがるために足掻きもするだろう。そして人生の終わりに差し掛かる方々の看護をしながら、自分のこれからの生き方・考え方を固めていくだろう。

 今、思い出した歌に「今年」という曲がある。詩・谷川俊太郎、作曲・松下耕(敬称略)で、合唱をやってる人なら、ピアノ前奏を聞いただけで「ああ‥」と分かる曲だと思う。
 私も以前歌ったことがあるが、その時はやはりちゃんと歌う事で精いっぱいだった気がする。

 素晴らしい歌は、歌う時の年齢・経験で、歌う度に違う感動が何度でも蘇る。この歌はその一つだと思う。知らない人は是非一度、歌詞を全文読んだ後に歌を動画で聴いてみて欲しい。

 「今年」
 涙があるだろう 今年も涙ながらの歌があるだろう
 固めた拳があるだろう 大笑いがあるだろう今年も あくびをするだろう今年も
 短い旅に出るだろう そして帰って来るだろう
            (中略)
 眠れぬ夜があるだろう だが愛するだろう今年も
            (中略)
 くだらぬ事に喜ぶだろう今年も 
 ささやかな幸せがあり それは大きな不幸を忘れさせることはできぬだろう

 それから「それでも娘や樹は伸びて」、「ご飯が美味しい日」「新しい靴を買う日」がある日常に続き、その後世界の変化と未来も示唆し、最後は

 今年も喜びがあるだろう 生きてゆく限り
 否むことができぬ希望が
 生きてゆく限り

 で終わる。そう、人は希望を否定しては生きていけない。
 生きるということは日常の営みとその中にささやかな喜びを見つけ、希望を持ち続けることだとこの歌は高らかに謳っている。今の私の心境そのものだ。しかし若い頃は頭では分かっていても、なかなかその実感が伴わない。

 私はこれからこの実感をこれから関わる人達と共有できたら、と考えている。そして未知の未来に向けて、その心の平和を変わらず持ち続けられますようにと祈るばかりである。

 それでは次回シリーズ最終回で。ごめんなさいませ。

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