仕事始めました! ①期待と後悔と決意?

 長い長い(?)7ヶ月の無職期間を経て、昨日から仕事がはじまった。
 35年以上助産師をしていた私が、看護職経験ではやった事のない訪問看護だ。
 病気ではないお産で、尚且つ若い妊産婦という女性対象から、一気に老人看護である。
 初日で未経験ということもあり、昨日は『同行』。いわゆる見学である。
 3件の同行をしたが、なかなか私の心中は複雑だった。

 なぜ変化はこわいか

 初めてのことをする。
 今まではベテランで教える立場から、教わる立場へ。
 失敗して自分を責める。知らない事に恥をかく。新人には当然これらがセットでついてくる。以前の転職の時、同じ助産業務でさえ職場が違うと勝手も違って、いろいろ失敗したものだった(今思い出しても穴掘って潜りたい)。
 今度はその比ではないかもしれない。正直怖い。だから人は中々現状から抜け出せないのだろう。私の場合、同じ看護業務だが成人看護(特に内科)の知識や経験の蓄積がない。10数年前はそれが怖くて転職したのではなかったか。訪問を選んだのは考え無しだったのだろうか。

 私の助産師の同僚で(特に年齢高くて)、他科看護に転向した人は知らない。病院勤めか、行政の母子訪問か、自営で母乳外来をしているか。やっぱ、そうよね。
 昨日3件目の訪問で改めてそう思ったのだった。

 こうして仕事は始まった

 1件目、2件目は独居老人の糖尿病管理の支援だった。ちゃんとコントロールはできているか、生活に支障はないか。二人とも行動は自立しており、近くのスーパーに買い物も行ける。ほぼ面談だけで終わった。フムフム。
 そして午後からの3件目。一気にドーンと重くなった。
 訪問先は余命3か月を宣告されている高齢者。すでに自力で寝がえりさえ出来ず、腕は拘縮して曲げる事も出来ない。全介助である。当然トイレやバスルームには行けないので、全てをベッド上で行う。痰もすぐ溜まりゴロゴロいっている。意識はあるが、まともな会話はあまり出来ない。(この方の場合パートナーがお元気で日常介護をしてもらえるのでラッキーな方かな)

 いたー!思い出したー!そうだ、私がかって逃げ出した終末期の看護だ!あの時大人のおむつ替えより、赤ちゃんのおむつ替えを選んで退職した事を。

 短い訪問の間に次々と処置を進めていく先輩訪問看護師。その時は仕事の手順や内容を見学するのに精いっぱいでアレコレ考えるヒマなどなかったが‥。
 初日の終業は早めで4時。家に帰ってもまだ4時半。だが、何もする気が起こらない。
 頭がパンク状態で何も考える気がしない、というのが正解か。つまり脳疲労。
 昼食が2時半だったのでお腹は空いてない。なのに、何か食べたくてしょうがない。残っていた自家製クッキーをあっという間に食べつくしてしまう。

 「こりゃ完全にストレス状態だな」かって知ったる夜勤明けとおんなじ。
 こういう時は風呂入って、何か食べてさっさと寝るに限る。
 という事で適当に食べて(結局夕食は作らず、全粒粉パンとヨーグルトと青汁豆乳を。ご飯内容が朝夕逆転している。これからしばらくこんな感じ?これは今後の課題)8時過ぎにはベッドに。

 自分の頭を覗き込んで覚悟する

 おかげ様で今日は4時起きだ。
 やっとクリアになった頭で考える。昨日の仕事をどう思うか。私は続けていけそうか。
 昨日直面したのは、逃げ出した過去の自分である。だから嫌な感じがしたのではないか。

 処置を見学しながら脳裏をよぎったのは、今年91才になる義父の事だった。肺と肝臓に小さな癌を抱えているが、まだ動けるし自分で食べれる。トイレや風呂も自分で入れる。去年コロナ渦中をおして会いに行った時はよくお喋りもした。
 あの義父もいずれはこんな風になるのだろうか。いや、この高齢者社会で健康寿命と言われる期間は、平均寿命より男女とも約10年短い。介護が必要な期間が平均10年もあるのだ。突然死でない限りこの国では多くの高齢者が介護期間の長短の差はあろうが、この道をたどる。

 病院での不自由さについては私も以前から問題に感じていたし(リストラ生活節約術「㊲認知症になったら」と「㊼自由を目指す」を見てね)、終末期なら残り少ない期間を家族と過ごしたい。その期間を出来るだけ家で過ごすための訪問看護に、今はすんなり納得できる。

 大丈夫だ。出来そう。長くお世話になった義父や義母に対するように。そして早逝した母の代わりに。自分の離婚時期と重なって満足に介護が出来なかった父の代わりに。
 お世話をして、自分に出来る限りのことをしよう。そして一緒に笑おう。

 昨日のオリエンテーションでこの会社の理念は「もっと笑顔を」というような事を聞いた。
 笑顔の多い人生は幸せな人生。私もそう思う。

 それではまた次回。ごめんなさいませ。

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