誰にでも人には言えない失敗はあるだろう。月日がたてば「あの時、こんな事をしでかしちゃってね‥」と話せる日がくるかもしれないが、やらかして暫くはその事を考えるだけでも生キズに触られたかのような痛みを感じる失敗。たとえ心理学的には誰かに表出した方が楽になれると分かっていても。
そういう失敗を私は6日前にやった。そう、3月11日。日本人なら小さな子供以外は何の日か知っている。10年前に起きた日本の大惨事の日である。その誰もが忘れられない日が、私にとって違う意味で忘れられない日になり、6日たってやっとこうして考えることが出来るようになったのだ。
壊したものはえっっ⁉
何が起きたかと言うと‥車での物損事故である。移動はすべて車での上、そそっかしい私は、知人からかって「あなたの死因はガンより交通事故のほうが確立が高い」と言われた人間である。運転免許をとって30年、恥ずかしながらいろんな事をしでかしている。しかし懲りない性格が災いして、車の運転を止めようという気はない。車がなくては大変不便な住宅街に住んでいるせいもある。しかし駅近の都会でない限り、忙しい現代人はもう車は手放せないよね。携帯電話を手放せなくなったように。
なあんだ、物損かと思われたかもしれないが、これがただの物損ではなかった。いや、コンビニに突っ込んだわけではない(ある意味それよりマシか)。とある施設の放水栓にぶつけてしまった為に、そこいらを水浸しにしてしまったのである。想像してほしい。自分のせいで水が噴水のように勢いよく出ている様を。
その施設のすぐ横の道路に白線で区画された駐車場に、バックで入れていた時だった。建物のキワには40センチほどの砂利を敷いた花壇のような部分があり、そこに放水栓(高さ30㎝くらい)と細い照明(高さ1mくらい)が立っている。花壇の様なといっても縁石は3㎝位で簡単に乗り上げれる高さである(いや、乗り上げるのは自分ぐらいでしょーが。また歩道ぐらい簡単に乗り上げれる車でもある)。
私は手前にあった照明に当たらない様に(でもギリギリに)バックした。その後ろの放水栓が照明より出っ張っているのにも気づかずに。放水栓のカバーはステンレス製の銀色で、建物と車の影になって(手前の照明もあって)私には見えなかったのである。
嫌な衝撃を感じて車を降りてみてみると、シューッと音を立てて地面から噴水のように溢れる水が!!
車を止めてから同乗する為に待っていた職場の所長に私は叫んでいた。「大変です!!」
そこからが本当に大変だった。それは高齢者施設のビルのもの。そこの事務所の人にきてもらうも、止水栓がどこにあるのか分からない。業者が駆けつけ、ビルの配管図を見てもらうと放水栓専用の止水栓は無く、そこを止める為にはビル全館を止める栓を締めるしかないという事が分かったのである。
事態は段々オオゴトに
介護が必要な大勢の高齢者が住まうビル。時刻は昼の1時ごろ。食事もされているだろうし、介護の入浴はだいたい昼間に行われる。もちろんトイレ、手洗い、業者の掃除にも水は不可欠である。今すぐ止めるわけにはいかないのだ。そもそも修理ができる専門の職人さんを業者の方が急遽探している途中で、いつ来られるかも分からない。その間も溢れ続ける水。水道代を考るだけでも冷や汗が背中を伝った。ああ、プール何杯分になるだろう‥。
ステンレスのカバーを開けると水道の蛇口のようなものがあり、それをある角度に押さえると水の出がシューッがチョロチョロになるのに気づいて、私はずっとそれを押さえ続けることにした。これが体重をかけていないといけない程に力が要る。周りから「替わりましょうか?」と何度も言われたが、泣きたい気持ちで首を横に振った。そうしていないと、いてもたってもいられなかったのだ。
押さえながら思い出したのは小学生の時に読んだ本。それはオランダの話で、オランダは水位が地面より高いところがあり、そこには堤防がある。当然堤防が決壊すれば大洪水である。確か堤防に水漏れを発見した少年がオトナの助けが来るまでその穴に手を突っ込んで水漏れの拡大を防いだというような話だったか。やってる事は似ていてもその英雄的な行為と程遠い事に、また泣きたくなった。
そして。業者の方が言った「全館断水」と共に次に私を震えあがらせたのは「水道管を埋めているコンクリートを掘らないと割れた水道管の交換が出来ない」という言葉だったのである。そ、そんな~(涙)高齢者施設だというのに騒音も凄いだろうし、時間もそれなりにかかる。
何という事をしてしまったのだろう。私の一瞬の不注意、いやこれは照明ギリギリに止めようとした私の運転技術の驕りの結果なのである。あと5㎝でも離れていたらこんな事にはならなかった。悔やんでも悔やみきれない。
業者さんの知恵で、上手くヒモで縛ってもらったおかげで、私が押さえてなくてもよくなった(それでもチョロチョロは続いている)。私も午後からの仕事が入っていたのでひとまずホッとして、いつ修理ができるのかを心配しながらその場を離れたのだった。
久しぶりの(初めてではない)『しばらくこの世から消えてしまいたい』という気持ち。その晩は仕事の記録も食事の用意も手に付かず、布団をかぶって「し~んぱ~いないからね‥」と泣きながら『愛は勝つ』を歌っていたのだった。
辛い時こそ沁みる人の暖かさ
特筆すべきは施設スタッフの方々(3~4人)が自分の仕事を中断して事に当たってくださったのだが、誰も私を責めることなく、迷惑そうな顔も見せずに、終始親切丁寧に接してくださったことである。ここで改めてお礼を言いたい。○○リア博多の皆さま、有難うございました。そしてごめんなさい。ここの施設はこれからも仕事にしょっ中行くところである。責められていたら、行き辛くなって私はこの仕事を辞めていたかもしれない。
後日の話によれば、その晩の10時頃には修理が完了し、夜間や翌日の業務には差し障らなかったそうである。そうは言っても工事中の断水の間、トイレ用の水溜めやペットボトルの水の準備など、スタッフさんにご苦労をかけたことは間違いない。
今は被害の費用がいか程だったかをドキドキしながら待っている。職場の所長は仕事中の事なので保険で何とかできないかな、と仰ってくれている(もちろん所長も責めたりしなかった)が、覚悟はできている。
道路でよく見かける赤い消火栓。あれ壊すと100万ぐらいかかるって昔聞いたような‥。ううっ!
とにかく私は一生この日、3.11を忘れない。


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