欧米には家庭医なる存在がいて、家族に病人が出た時は勿論健康上の疑問や問題を相談できる窓口になっている。健康コンサルティングも兼ねているわけである。
病気はともかく予防である。病気になっていい事は一つもない。唯一『病人の気持ちが分かるようになる』以外は。こんなシステムがちゃんと機能していれば疾病は随分減るだろうし、そうなれば医療費問題も少しは良くなるだろうけどね。(まあ、何処の国でも貧困層には機能していないだろうが)
病気の予防小国、日本
ならば、何故日本はそうなっていないか。
『かかりつけ医』はいるかもしれないが、何処も悪くない時に気軽に健康相談はできないよね。あくまでも病気になったらお世話になる程度だ。定期的にコンサル料金を払っている富裕層は日本にもいるかもしれないけど。
行政や企業も『健康相談ダイヤル』はあるが、自分の事を良く知らない人に毎回一々説明するのは面倒だし、相手だって突っ込んだ指導は出来るはずもない。そもそも『相談ダイヤル』なるものはなかなかつながらない事が多いぞ?
そういえば、昔の日本は精神医の代わりをお寺のお坊さんがやっていたのだ。江戸時代にキリスト教が禁じられ全ての日本人が仏教の何処かの檀家になることを定められた。仏事の度に人々はお寺に集まり、住職は檀家の人々を熟知して諸々の心の相談を受けていたのである。
私が20代の若い頃、母が早逝し父が檀信徒総代(檀家の代表)をしてたこともあり、よく住職さんが家に来られていた。母の葬式に連なる法事(初七日、四十九日、一周忌、三周忌まで忙しい)でお経をあげた後には必ず法話があった。既に仏式結婚式はマイナーになっていて、仏教に触れるのは誰かが死んだ時だ。当然話の内容も「死とは?生きる意味は?」に関する事が多い。
誰もが死は怖いし生きることに意味を見出したい。誰かに「それでいいんだよ」と言って欲しい。宗教の役割はそれに尽きると私は考えている。
ところが宗教が日本人の生活からは消えてしまい、誰も自分の存在を肯定してくれなくなった。日本の自殺率が高いのはこの辺の理由もあるからかもしれない。だからといって「宗教を持て!」とは思わないわ。宗教は弊害も多いからね。ただ宗教の自由もある国に生まれたのは幸いと思う今日この頃である。
ああ、サヨ子さん! その後
さて、件のサヨ子さんである。
ゴールデンウイーク初日の4月29日に突然電話があった。
「入院してるの。救急車呼んだのよ。」
「どうしたんです?」
「ガンで痛くて歩けなくなって。何日も食べれなくて‥」
「は‥?」
「で、病院の先生から家族にお話があるって電話があると思うのよ。」
「‥‥。」
またですか。って、そもそもどうしてそうなる前に病院に行かないの?
サヨ子さんは私の父の3番目の妻である(私は最初の妻の子)。
父は10数年前には亡くなっており、去年まではサヨ子さんは実家に一人暮らしであった。高齢と乳癌術後で大きな家や広い庭の維持が難しくなり、単身者用の住居に移った。ただそれが私の住んでいる市の隣の市で片道車で2時間近くかかるところである(もちろん高速なんかは使わずに)。自分の親族との付き合いは殆ど無く、何かあればすぐ私に言ってくるのに何故に他市⁉私の住んでる市内への引っ越しを勧めていたのを無視して?
この疑問が今回の入院でやっとわかった。
サヨ子さんのボーイフレンドの存在である。サヨ子さん79才、彼は1才年上だったらしい。だったというのはお亡くなりになったからである。思い起こしてみれば、かなり前からその「お友達」の存在は話のそこここに出てきていた。「友達がこう言った」「友達に手伝ってもらった」「友達に連れて行ってもらった」等々。私は単に「友達は多いのね」位にしか思ってなかったが。私がやってる劇団の公演にも二人で来られていたので私にも面識はあった。
サヨ子さんはその彼の住まいの近くに引っ越したのである。彼もサヨ子さんも高齢になってきて行き来が大変になったのだろう(実家からは1時間ぐらいか?)。依存心の強いサヨ子さんも彼さえいれば困る事は無い。彼が何でもやってくれて私は必要なかったのだ。
しかし。彼も癌があり、話によると1ヶ月位の間にあれよあれよと悪くなってあっけなく逝ってしまった。多分サヨ子さんが勝手にガン治療を放棄したのも彼の入れ知恵と思われる。(「癌は年取ればみんな持ってる。緩和だけでいい」って友達が言ったというのを聞いたな)今回も受診日を延ばし延ばしして病院に行っていなかった。
予防やフォローという概念の希薄。それは経済力の無さの成せるわざでもある。
『病院は何かあったら行くところ。どうもないのに行くのは勿体ない』
サヨ子さんは父の遺族年金で生活している。生活は決して余裕のあるものではない。今までは実家の固定資産税は所有者の兄が支払ってあげていたので(父は一度破産している)住居費は要らなかったが、それもかかる様になった。病院代をケチろうとするのも頷けないことではない。
しかし『歩けない・食べれない』とは。
4月30日、私は「久方ぶりのお休みなのに~」と薄情にも思いながら往復3~4時間かけて入院している病院へ。主治医によれば『癌は確実に進行しており、食べれなかったのは抑うつ状態だったと思われる』ということだった。つまり彼の死がショックで食べれなくなった上にガン性疼痛が拍車をかけて、ということか。
そして主治医が私に言いたかったのは「今回薬で痛みをコントロールできて退院しても、この患者はこれからも何度でも同じことをやって救急車でウチに運び込まれるだろうから、そうならないように何とかして」である。それを一応オブラートにくるんでの説明。いや、その通りでございます。
「一人暮らしでも民生委員や市役所の方に相談して何とかやる」とサヨ子さんは言う。だが地域や行政も出来ることはには当然限りがある。そして世話する家族もいない高齢の一人暮らしの癌末期がどうなるのか(しかも経済力も無い)私は仕事で良く知っている。
血の繋がりも扶養の義務も無いサヨ子さんに「私は知りませんから」と言うのは簡単だ。だがそれができれば苦労は無い。「出来る限り力にはなるから」と言うと、いつもよりしゅんとして「有難うね」と目をうるませてすがりつく。
そもそも彼氏が亡くならなかったとしても10年後のことは考えなかったのか?というか、彼氏と一緒になってないのは何か訳アリ?(彼氏の方には家庭があったとか)まあ、それはともかく。
今の事だけ考えるのも、未来の事ばかり憂うのもどちらもダメだ。バランスである。人生は予期しない出来事に満ちてはいるが(サヨ子さんにとっては彼の死か)サヨ子さん、あなたの「何とかなるわよ」は危険すぎると思いますよ。それとも私もあなたの計画の一部なのだろうか。
これを読んだあなたは「随分冷たい言い方じゃない?」と思われるかもしれない。しかし父が存命の時、私が父の借金を肩代わりして苦しい中でも、父と二人でしばしばお金を無心して僅かな蓄えや稼ぎを私から持って行った事実を忘れていない(一番悪いのは父なのだが)。そうしてサヨ子さんはどうしたら人は自分の為に動くのか、お金をだすのかは熟知している気がするのである。ああ、黒い私が顔を出してるわ!
おや、また丁度病院からの呼び出しが‥。今度は何かしらん。
それではまたね。ごめんなさいませ。


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