クリスマス・キャロルという有名なお話がある。ご存じない方の為にあらすじはというと
『スクルージという業突く張りな金貸しの老人が、クリスマスイブに天使(死神?)に自分の過去・現在・未来を見せられ、忘れていた幸せや人の暖かさを思い出し、孤独で寂しい未来を回避すべく悔い改める話』である。
この話ではスクルージの死因は分からない。しかし多分孤独死である。葬式ではほとんどの人々がその死を悼まずあざ笑う。「あんな奴、死んで清々した。あんな死に方は自業自得だ。」とばかりに。
この話で大事なのは『未来は変えられる』ということだ。だからこそスクルージは悔い改めて悲惨な運命を変えようと動き出す。「そういう運命だったんだよ」そんなセリフも私達はよく口にするが、運命には変えられるものと変えられないものと2種類があると無意識に決めて使い分けているようである。
誰でもスクルージの様に
もし自分の死に目を垣間見ることができたら。少なくとも死因が分かれば。私達もスクルージのようにそうならないように死に物狂いで努力するだろうか。もちろん『運命は変えられる』としてだけど。
死因が車の運転中での交通事故だとしたらさっさと免許証を返納したり、それこそどこかの女優の様に乳癌なら乳房を切除しておくこともできる。しかしそれは不可能なのだ。誰も未来の予測は出来ない。
人との出会いやチャンス、突発的な事故などは予測しようもないが、唯一ほんの一部分予測のできる人がいる。占い師ではない。お医者さんである。
専門分野にもよるが、人の死に目に一番会っているのは医師や看護師だ。特に内科の医師は今やほとんどの患者は高齢者である。一人の患者を数年みていれば、突発的な事故か感染症にならない限りその人が何で亡くなるかおおよその予測がつくのではないだろうか。
「このままでは糖尿病になりますよ」「ガンが進行する可能性があります」「コレステロールが高すぎますね。動脈硬化が心配です」など、何の症状も無いうちから未来予測を口にする。これに対する反応は2つだ。それこそ悔い改めるか悔い改めないかである。そして大半の人が悔い改めない。
上に挙げた糖尿病、ガン、高コレステロール血症(が進めば脳梗塞や心筋梗塞に)などは生活習慣病である。「えッガンも⁉」と思われるかもしれないが、私はそう考えている。だから生活習慣を変えない限り良くならない。しかし人間にとって『習慣を変える』事ほど難しいことはない。人間は本能的に『変わる』ことには苦痛を感じる動物だからだ。そしてその困難さを熟知している医師は「それじゃあ、薬を出しときますね」と安易な道を選ぶのである。
生活指導をマトモにしようとするのは糖尿病ぐらいか。運転免許証を取ったら見せられるビデオがあるじゃない?ちょっとした不注意がこんな取り返しのつかない事故を引き起こしますよ、最悪交通刑務所で懺悔の日々ですよみたいな。そういうやつを予備軍の人達にも見せるべき。
糖尿病にはある。この前ネットで観たが、自覚症状が無いためにほったらかしにして両足切断になったり、人工透析しないと生きていけなくなった人々のインタビューも交えてのもの。
まあ、糖尿病はいわば日本の国民病である。日本人は欧米人に比べて血糖を下げるインシュリンの量が半分で糖尿病患者がどうしても多くなるという。今の糖質オフブームがいい方に影響すればいいけど。ただ人工甘味料を使った『糖質オフ商品』はダメですぞ。今や人工甘味料も砂糖と同様肥満や糖尿病リスクを上げることが分かっている。
政治、製薬会社、食品業界。これらとの結び付きは医療の闇の部分だ。考えることを放棄したらこれらの食い物にされるだけである。今までは情報も無く唯々諾々とメディアにいいように操られていた私達が少しずつ目覚めていく時期が来たのかもしれない。
少なくとも年に1回ぐらいはスクルージのように過去の幸せや人の有難みに想いを巡らせることと併せて、今の自分の在り方(生活習慣含めてね)を検証する必要があるんじゃないかしらん。
ああ、サヨ子さん。もう何も‥。
さて、件のサヨ子さんである。再度主治医より話があると呼ばれたのでいってみると。何とサヨ子さんはストレッチャーで病棟から出てきた。前回は車イスだったのに何があった⁉
乳癌手術後あちこちに転移が見つかっても治療に行かず、痛みで動けなくなってから救急車で入院してから2週間である。前回の説明ではガンの骨盤への転移が痛みの原因かもということだったが。
しかし話はもっと深刻だった。骨転移したガンは脊柱で猛威を振るい、脊髄神経を襲ったためサヨ子さんは脊髄損傷で下半身マヒとなってしまったのだ。もちろん歩く事だけでなく立つことも出来ない。排泄もままならず、オムツで尿カテーテルもはいっている。
寝たきりになった人間は長くは生きれない。野生動物なら数日で餓死する。だからこそもう必要がないとばかりに、動かなければ動物は全ての機能が停止に向かっていくのだ。それに加えて進行が思いの外速いガン。余命数ヶ月。あまりに悲惨な展開に言葉を無くしてしまった。もう何も言えない。
私の家の近くにアパートでも見つけて、日常の世話をしながら闘病生活を支えようと思っていた私の計画は脆くも消え‥。もうそういう段階ではない。24時間の医療介入が必要なのである。
ただ横たわったままで痛みと戦いながら死を待つだけの毎日。
もしサヨ子さんが自分がそうなる事を知っていたら、何か変わっていただろうか。「もうトシだから進行は遅いだろう」「痛いときは薬で抑えればいい」「ガンの薬は副作用で気分が悪くなる」と積極的にガン治療をしなかったサヨ子さん。治療をしたからと変わるという確証はない。多少良くなったか、変わらないか、もっと悪い状況になったか。それは誰にも分からないのである。
しかしよく言われるのは「死ぬ時に後悔するのはやった事ではなく、やらなかった事である」
サヨ子さんが後悔してるかどうかは分からない。「治療せずにその間楽しむだけ楽しんだ。悔いはない」と思ってるかもしれない。
現在私が通いやすい緩和ケアの病院を探してもらっているところだ。
今は。サヨ子さんに対する諸々の負の感情はすべて消え去り、彼女の死へ向かう道に出来るだけ花を飾ろうと思うのみである。
それではまた。ごめんなさいませ。


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