年齢が高くなってからの髪のお悩みの二大原因。一つは白髪、もう一つは言わずと知れたハゲだ。
髪は顔の額縁とはよく言ったもので、額縁があるだけで子供が描いたような絵がそれなりに見えるように髪がふさふさしてるとやはり若々しく感じる。
ハゲと一言に言っても男性に多い「カッパハゲ」「М字ハゲ」「ツルッパゲ」などあるが、ここでは女性限定の話としよう。女性の場合はホルモンの関係で男性の様に潔くはハゲないが、頭髪に大切な女性ホルモンが枯渇するので薄毛になるのは否めない。遺伝要因が大きいと言われているので高齢になっても白髪が少なくフサフサの人はとってもとっても羨ましい。
つまり、私は(多分年の割には)白髪が多い上に最近頭頂部がとみに寂しくなってきたのである。
老化は突然降って来る!?
老化は突然来るのではない。だが気付くのはいきなりだ。たぶん暫くは認めたくなくて脳が見て見ぬふりをしているのだろう。ある朝「あれ?こんなところにシワが・・」から「ギャー!ここにこんなに白髪が!(頭髪とは限らない)」まで気づいてしまった時のショックは相当なもの。
白髪の対応は簡単、染めればいい。といっても今や高齢化社会、高齢者向きの商戦は凄まじい。自宅染めの商品だけでも星の数。今だ納得できるものには出会ってない状態で、暫くはこの放浪の旅は続きそう。
白髪だけでも悩みの種だったのに今度は薄毛。一説によるとヘアカラーの強い刺激も薄毛の原因になるとも言われているが、だからといって白髪染めを止めるわけにはいかない。白髪頭がどんなに女性を老けさせてみせるのかはよく知っている。それでなくても頭中に尋常性乾疹(原因不明の難治性湿疹)が蔓延している私(多分薄毛の原因はソレ)。これからもドンドン抜けていくのかなと思うと気が重い。しかし。
自分の老いの受け入れ方。それが大事ではないかしらん。
どんなに嫌だ嫌だと子供の様にダダをこねても現実は確実に坂を転げ落ちていく。ゆっくりか速くかの違いだけだ。全ての生きとし生けるものがそうであるように「死」に向かって。その限りある期間を楽しまなくては勿体ない。自分の身体なのだ。厭わずに落胆せずに優しく慈しんであげましょ。最後まで地肌に踏ん張ってくれている髪の毛さんたちは愛しいではないか。残っていてくれてありがとうだ。幼子に接する時の様に「そうね、そうね、髪の毛減っちゃったね。どうしてあげたらいい?」と。
失ったものより残っているものに目を向けてそれを慈しむこと。
薄毛と仲良くなる方法
若い頃私は不思議に思っていた。どうして高齢者は皆一様に短髪なのだろう。ロングヘアのおばあさんがいないのは何故と。そうなのだ、ロングでは頭頂部の薄毛は隠せない。アフロでもしないかぎり。髪の毛の重さで根元は引っ張られ地肌が露呈してしまう。ここは一本一本を短くして根元を立ててできるだけ地肌を隠すしかない。今私がそうしようと考えている通りにね。
その内それでも隠しきれなくなって、部分ウイッグに頼る日も来るだろう。もしかしたら外出時はフルウィッグとなる日も来るかもしれない。髪型→部分ウイッグ→フルウィッグの三段活用が今後の数十年(?)の変化かな。
覚悟さえあれば人は大抵の事は耐えられる。晴天の霹靂に心は脆い。自分を良く見て、未来の可能性を幾通りにも考え、その覚悟と対策をしておこう。ウイッグって結構お値段良かったっけ。
考えてみれば今までの人生ではのほほんと都合の良い夢ばかりみていた。
結婚する時はお互い裏切らずに死ぬまで一緒にいれると思っていた。
妊娠したら子供は健康ですくすく育つと思ってた。両親公立学校だったので子供も当然そうだと思ってた。仕事はずっと同じ所で定年まで勤めると思ってた。
そう思い込んでいた時にいきなり違う未来を見せられた時は落胆したり崖から突き落とされた感じがしたのだった。思い込みは恐ろしい。60年以上生きてきて「そんな事もあるんだ・・」の連続。そしてこれからもきっと。
今の状態が変わらない、なんて幻想なのだ。いきなり病の宣告をされる事も日本じゃ日常茶飯事。なんせ統計上2人に一人はガンになるお国だし。普通に老いれるだけで幸せなのである。まあ、病気も「老い」だとする説もあるが。
健康無くして美は無しを基盤として、アンチエイジングは人生のトッピング。髪がフサフサな幸運な人や「年よりは年寄りらしく、でいいじゃん」と思われている方は別として、あれやこれや試行錯誤して人生を楽しむべし。そこまでしなくてもと思われる方、おしゃれは認知症予防に効果的ですってよ。私?まずは美容院に行ってカットしてもらいますか。
それではまた。ごめんなさいませ。


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