金銭感覚とはいつつくものなのだろう。
子供の時に親がどうお金を使うかを見て学んでいくものだろうか。日本では子供が小学生中学年頃になれば、一定額のお小遣いを渡して「考えて使いなさい」とはいうが、具体的にどう使うかまではどうだろう。まずは使ったら無くなるよ、からか。
幼いうちから望めば何でも買ってもらえる子供は一握りだ。だから欲しいものがあったら親に「おねだり」しないといけない。したところで半分以上は「ダメ」が返ってくる。
そして親と子の長期間にわたるバトルが始まる。それは子が経済的に独立するまで続くのだ。
唯一、ある程度自由にお金が使えるのは年に一度お年玉をもらった時。今は昔のように「本家に集まる」ようなことは少ない。兄弟も多くないので、お年玉をくれるオトナの減少でかわいそうかも。
今まで日本人は消費と貯金だけ知っていればよかったが、これからはお金をどう増やすかも教えないといけない時代なのかもしれない。今からの若い世代は年金だけでは生活していけない超高齢化社会に備えないといけないから。
私の子供時代の金銭感覚
子供のうちの社会勉強はほぼ失敗から学ぶ。10のうち9の失敗体験と1の成功体験だ。
何故なら、子供は「風がふけば桶屋が儲かる」的な考え方ができない。それ以前に結果を考えずに行動する。まあ、子供に限った事ではないが。
私が小学生位の時(半世紀前ね)は駄菓子屋があり、5円10円でお菓子が買えた。また公園で遊んでいると紙芝居屋や屋台のわらび餅や焼き芋売りが来て、親にねだりに家へ飛んで帰ったりしていたな。
私には3才上の兄がおり、この兄が駄菓子屋のあるお菓子にはまった。正確に言うとお菓子にではなく、おまけのくじにだ。そのお菓子にはいろんな妖怪の身体のパーツの絵も入ってて(3枚位で一体完成)完成した絵を駄菓子屋に持って行けばもう一個貰えるのである。
妖怪は何種類もおり、当然なかなか一体完成もままならない。とうとう業を煮やした兄は1箱(50個入り位?)買い占めてしまった。今でいうオトナ買いである。
たぶん貴重なお年玉を使ったのだろう。けっしてそのお菓子が美味しかったわけではない。私は絵を抜いたそれを兄からいくつも貰って食べ飽きてしまったのだから。
今なら、ゲームをクリアしたくてどんどん課金してしまうのと同じかな。
それで兄が絵が揃わないストレスから解放されたかというと、もちろんそうはならない。
完成できたのはほんの数個。あとは大量の同じパーツの絵が残り、兄がそこから何を学んだのかは知らない。だが2度とやらなかった。
資本主義社会ではこういう罠はいたる所にある。いかに買わせるか(マーケティング)の心理学も確立され、それを知らないでいると一生無駄な買い物を続けることになるのだろう。そしてゴミも増える。
でもモノが売れないと経済は回らない。このジレンマはどう解決したらいいのだろう。
社会人の私の狂った金銭感覚
学生から社会人になり、いきなり自由に使えるお金が増えた時が一番危ないかもしれない。
私は簡単に高額のモノが手に入るローンの地獄に足を踏み入れてしまった。高額のモノ(=いいもの)で自分を1ランクも2ランクも上に見せたい‥。それは自分の中身に何一つ自信が持てなかった現れかもしれない。
アパートに不似合いな家具、セットでン十万もする羽布団、イタリアンブランドの指輪、洋服。行きつけのお店の店員さんの美辞麗句に流されて次々に購入し、気が付けば100万円超えで7年もローンを払う羽目に。さすがにヤバいと気が付き、行きつけのお店も行かないようにした。
さぞやいいカモだったろう。結局ボーナスも無かったことにして2~3年で必死で完済した。
この頃は町を歩けばキャッチセールスがあちこちにいて、高額な化粧品やエステ、英語教材などのローンを組ませようと手ぐすね引いて待っていた。
それらがスルーできたのはこの手痛い経験のおかげ(いや、普通引っ掛かりませんよ)
それでもお金を貯めようと真剣には考えてなかった。
ちょっと貯まれば使いたい事や使いたい物がでてきてしまう。
20代前半はダンスにはまり、ジャズダンスやバレエのレッスンを週2回づつ。それに付随する発表会(衣装やチケットノルマ)、プロの舞台を観て勉強(?)など。エアロビクス全盛期でマタニティービクスの勉強や資格取得のため何度も東京に行った。
20代後半はそれに加えて(替わってではない)自動二輪。通勤や趣味の移動に時間がかかる。
車の免許も考えたが駐車場代はバカにならない、そうだ、バイクにしよう!と。
250㏄をまず取って、それから400㏄を取得。ここでも金銭感覚はおかしい。50万以上もするフルカウルのレーサーレプリカを新車で買ったのだ。しかも管理が甘く2度も盗難にあってしまう。
他にヘルメットや本革のつなぎやブーツやモロモロ。
そしてあろうことか、サーキットライセンスを取ってサーキットに走りに行き出したのだ。
これでお金が貯まる訳がない。サーキット仲間もこれにお金をつぎ込んでいる若者ばかりで周りはみんな金欠族。
今思うと、あの頃の私の行動力は半端ない。恐怖心というのも欠如してたな。サーキットで転倒したらタダではすまない(骨折の話も聞いていた)。
無事で済んだのは、そうなる前に腰の椎間板ヘルニアになったから(大人になってから始めたダンスやバイク起こしてや引き回しによる腰の酷使のせいだったと思う)。手術をしてバイクには乗れるようになったが、そのあと妊娠してバイク自体を手放すこととなった。
そして結婚。その後すぐに住宅ローン地獄にはまったことは前回書いた。
それからも車の免許取得は良しとしても(もちろん車もローン)、アマチュア無線の免許とったりスキューバダイビング始めたりと懲りない性格の私は忙しかった。(スキューバダイビングは機材に結構お金がかかった。30万位?)
ほんとにダメダメな金銭感覚。興味や欲望に引きずられるままだ。お恥ずかしい。
マネーリテラシーって何?
時代は確かに変わった。多くの人が警告を発しているように、仕事の雇用形態も変わった。
今迄の日本はいい意味で社会主義的なシステムがあった。能力が高くなくても、取りあえず会社が面倒をみてくれ定年まで雇用してくれて退職金も貰えた。
だから安心してバカスカ買い物して貯金のことを考えなくてもよかったのだ。
だが今は違う。能力が無ければ首を切られるし退職金は期待できない。
拡がっていく経済格差。
自然災害は多発し、今なんて感染症とも闘わねばならない。
何も考えずに消費ばかりする時代の終焉だ。
金銭感覚。今はマネーリテラシーっていうの?「お金の知識を持ち、それを上手く活用する能力」
投資の知識を指す場合が多い。今からはそれも含めてのだね。
私がもしリストラされていなかったら。
情けないが、まだせっせと消費行動を続けていたかもしれない。
働くのも一種の中毒症状がある。それなりの達成感と共に雑事を考えなくていい楽さがある。
それを悪用しているのがブラック企業だ。
特に主婦は家事や家族の事が加わると今日明日の事でいっぱいいっぱいになる。
そして、そのはけ口がモノやレジャーへの消費へと向かう。
私はそうだった。立ち止まってよく考える時間も情報も与えられなかったのだ。
人生何が幸いするか分からない。
インターネットは、この立ち止まれた時期に私に沢山の事を教えてくれた。(特にYouTubeだね)
どんな情報も鵜呑みにしてはいけない(私の若い時は活字は絶対的な力を持っていて信じられた)
しかしネットであろうとメディアであろうと、そのまま信じて誤った方向に振り回される危険性がある。自分の頭で、目で見て、調べて考えろ考えろ考えろ!と。
私の金銭感覚はずっと狂っていたが、人生に対する方針は、随分前から変わらない。
それは「自分で自分が認められるか」である。自分のことはごまかしは効かない。
嘘をついたり、人に意地悪したり、自分だけ得しようとしてもそのことは自分が一番わかっているのだ。自分自身が尊敬に値しない信じられない人間であると自分が認めることが一番の不幸であると。
過ちを犯すのが人間で、でもその過ちの後悔を少しでも少なくする術はこれであると、私はずっと信じている。今回はカッタイ話ですみません‥。
それではまた次回。ごめんなさいませ~。


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