リストラ生活節約術㊼自由を目指すの巻

健康を害することが、節約の一番の敵である事は以前にも書いた。
医療費だけでなく、人生の大事な時間も浪費する。
インフルエンザで3日間何も出来ないだけですごく損した気になる。ベッドで文字通り寝ていることしか出来ないのだ。本を読むこともテレビやケータイを観て楽しむことさえできない。生きることは楽しむ事だと痛感するときだ。
慢性疾患で自宅療養できればまだいろいろできる。痛みと折り合いがつけば、楽しみに制約があるかもしれないが、自由度が高い。しかし入院生活は‥。

入院生活は不自由の極み⁉

私は幸いにも3日以上の入院は、お産の他は20代終わりの頃の腰の「椎間板ヘルニア」だけである。痛みが酷く仕事が出来なくなり、取りあえず安静入院。骨盤けん引などで様子みること1ヶ月。
7月の暑くなってきた頃だった。当時(30年前ぐらい)今ほどの温暖化ではなく、夜は気温25度を超えたら熱帯夜と言われていた時代だが、それだけに夜は冷房が切れるのが普通。慣れないベッドの寝苦しい夜。窓は開けるので時々車の通る音(たまに救急車)の音が丸聞こえ。

私が最初入ったのは2人部屋で高齢の女性と同室だった。私はソロソロと歩いて何とか共同トイレまで行けたが、彼女は歩けなくてべッドサイドのポータブルトイレを使用していた。
それはいいのだが、問題は彼女が用をたしてもナースコールを押さないことだ。普通は「大」をした時は直ぐに取り換えてもらうのだが、昔の女性(多分大正一桁生まれぐらいだったと思う)はNCでナースを呼ぶのは申し訳ないと思うらしい。すぐコールでナースを呼びつけて小間使いのように用事を言いつける患者よりはいいけどね。(動けるのに窓開けて、シーツ替えて、○○を売店で買ってきて、など言う患者が本当にいた。わがまま言ってナースに甘えたくなるのかねえ。)
トシをとると嗅覚も鈍るらしいが、私が臭いに耐えきれずNCを押すのが常だった。

入院生活は個室でなければ当然相部屋の人のことを考えねばならない。すなわち気を使うということ。気は病気と闘うのに使い果たしているというのに。そしてその人と気が合わないときのストレス。

また、当時テレビはベッドサイドにある(テレビはカード式の有料)が、夜は9時には消灯で消さねばならない。「病院内では携帯電話は使ってはいけません」の時代。そもそもまだケータイは高価でその時私はまだ持ってない。何もできない眠れない長い夜が続く。
まさに入院生活は不自由の極み。

当時何よりも辛かったのは、こうして安静にしていても治る保証がないことだった。ダンスやエアロビクス、プール通いで人一倍身体を動かしていたのに、一転して寝たきり同様になりジリジリとした焦りに蝕まれていく。
1ヶ月安静しても病状が快方に向かわない私に主治医が言った。
「手術をするか、このまま安静で様子みますか?」
「安静はいつまで続くのですか?」と私。
「わかりません。1年位あるかも」
いちねん~~~⁉ 冗談ではない。そこで我慢の糸がプツンと切れた。「手術します!!!」

そうして手術の為転院し(自分が働いている病院で手術ってねぇ‥。スッポンポンになるし)転院した先では同年代の子との二人部屋。仲良くなり消灯後もしゃべりまくっていて怒られる。
通常術後リハビリもあって3週間の入院を、あまりのご飯の不味さに「自分でちゃんとリハビリします」と言って2週間で退院する。
その後の1ヶ月の自宅療養期間は夢のようだった。
傷病手当や保険で経済的な心配なく、そしてどこにも痛みのない自由な毎日!(あれ?今と同じ?)
リハビリと称して毎日プールで泳ぐ。程よく疲れて帰りはファミレスで食事して、本屋に寄って本を買い家で読書三昧。時々友人が『お見舞い』に来てくれる。今と決定的に違うのは今後の職場が保証されていたことだ。
幸せとは自由なり。そして自由には健康が必需である。そしてもう一つは。

FIREという生き方

若い世代で「FIRE」という言葉がよく聞かれる。
Financial Independence,Retire Early.「経済的自由、かつ早期リタイア」
普通会社員ならば今は65才で定年退職。それまでは働かないと生きていけないという人生から、早く自由になろうという生き方である。
今までは「働くことで何らかの社会的な貢献をするのが社会人として当たり前」だった。
しかし会社勤めをして、不本意な仕事内容や人間関係、自由にならない時間などのストレスによる弊害を受けるのは、はたしていい人生なのか?ブラック企業、社畜と言う言葉もあるこの時代に。
働かなくてはならないのは生活していけないからだ。それならどうやったら働かない自由を手にできるか。それを実現することFIREである。(もちろん働きたい人は働いていい)

FIREをした人たちは今までもいた。事業が成功したり、才能で莫大な資産を得たりで。(作家さんとか芸能人、スポーツ選手とかね)ただそれはほんの一握りだった。しかし、それが一般の会社員にも実現可能のノウハウが確立されつつあり、インターネットにも続々とFIREの名乗りを上げる人々が出てきたのだ。働かないからと社会貢献しないのではない。自分の好きな形で社会貢献できるだけだ。

どうやって働かずに日々の生活費を賄うか。
ほどんどのケースは投資である。株や不動産による継続的な収入。今や金融庁も勧めるだけあって、投資はお金持ちだげでなく一般人も手が出せるものになった。ただ、株などの配当収入だけで生活するにはまとまった金額が必要。月20万円の配当を得るには年4%で運用できたとしても6000万円ほど必要となる。(税引きは一先ず置いといて)
これを聞いただけで「えー、もう無理」となるだろう。貯金だけでは。
しかし、夫婦で働いて一人分の給料を投資に積み立てていけば、けっして実現不可能な金額ではない。
『複利』は「人類最大の発明」だとアインシュタインが言ったとか言わないとか。
投資に回すための副業も数多く紹介されている。まあ、本業と副業の両立もシンドイけど。
FIREが出来なくても老後はかなり安心になる。今や老後貧困や老後難民も社会問題だ。
いつ死ぬか分からないから今楽しまなきゃ。それも一つの考えだろう。でもそういう人に問いたい。「じゃあもし長生きしてもあなたは大丈夫?」と。
アリとキリギリスの話はある意味真実だ。

経験から言わせてもらえれば何も目標なく生活するのはかなり無駄が多い。
後でよく考えたら要らないものを思いつきでかなり買う。(それって私だけ?)
そしてそれらを支払う為に働かないといけないのだ。

今の仕事が楽しくて仕方ない。全然苦ではない。そういう人はずっと働けば良い。
私も以前の仕事が天職とは言わないまでも、それなりにやりがいがあり苦ではなかった。
だが、仕事をしていない今、いかに夜勤が身体に負担をかけていたか、勉強や家事の時間がいかに無かったか(その気力を削いでいたか)が判ってしまった。
自由を知ってしまったのに経済的自由のない私が、今後どうやってFIREを目指すか模索している日々である。私の場合は年金との併用しかないけどね。
仕方ない、今だけキリギリスだけど、もうしばらくはアリさんを頑張らなきゃ。

それではまた。ごめんなさいませ~。

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