60才からの美容術 ①輝きのある人とは?

 今60才は未だバリバリの勤労年齢である。定年は65才に延長され、ほとんどの人が働くのに気力もあり、何の身体的支障もなく働き続けことができる年齢だ。
 そう、私は60才である。残念ながら美女ではない。ただ若い頃から『美』には並々ならぬ関心があった。それはヒトだけにとどまらず、絵画や音楽などの芸術も「美しさ」に一番の価値を考えていた。だが、美しさの基準はトシと共に変わっていくもの。
 これは60才を迎えた一人のオンナが迫りくる加齢の恐怖と闘いながら「美とは何ぞや?」と問い続けた記録である(そんな大げさな‥。)

終わりを告げた「60才はおばあちゃん」の時代

 ふた昔前は「60才・還暦」というと孫がもう数人はいるおばあちゃん。25才を過ぎると25日を過ぎたクリスマスケーキになぞらえて『売れ残り』と言われた時代。化粧品会社もこぞって「25才はお肌の曲がり角(だから化粧品で何とかしましょう)」とあおっていた。つまり25才頃までには結婚しないとと女性達は焦らされ、社会に出て2~3年で寿退職し企業から女性の就職を『腰かけ』と言われていた時代。専業主婦が多く、女性は高度成長の日本で働く夫を家庭で支え、子供を社会人にまで育て上げれば人生は終了だった。1950年代に入って平均寿命がやっと60才を超え、1960年でようやく70才。他の多くの動物のように次世代が育つと終わりだったのである。

 もちろん今は違う。2060年には平均寿命は90才を超えるという予測。平均がである。つまり、100才のご長寿さんも、もうご長寿とは言わない位にゴロゴロいらっしゃる?長い長い老後時代がある。
 結婚年齢が遅くなったこの時代。女性の人生は3つの期間に分割されると考えている。
   第1期:結婚するまでの30年。
   第2期:結婚し次世代を育てる30年。
   第3期:子供が独立し人生を楽しむ30年。

 まあ、これはあくまでも結婚、出産を前提にしているので当然そうでない人もいる。しかし、第3期にあたる30年(あるいはもっと)の生き方はそれほど個人で大きな差はないと思う。パートナーがいるかいないか位の違い。いてもたいてい先にいなくなるだろう。(世の夫たちもそう望んでるらしい。看取るより看取られたいと)
 この第3期は神様からのプレゼントである。大変だった子育てを終え、人によってはフルタイムの仕事から非正規になり出勤時間が減って生活時間に余裕ができた方もいるだろう。さあ、今こそ自由に生きるのだ!の始まりである。

「それで、それが『美』と何の関係が?」と思ったあなた。大ありですわよ。
もちろん女性に生まれた以上は全時代を通して美しくあるにこしたことはない。しかし第3期こそ『美しさ』を意識して生きるべきと思うのだ。じゃあ、もうちょっと掘り下げてみよう。
 そもそも『美しさ』とは?

60才からの美しさとは?

 第1期は普通何もしなくても美しい。「いやいや、若い頃はブスだったしデブだったし全然モテなかったし」と反論する人もいるかもしれない。その人は多分40才代以前だろう。私だってブスでデブだったし、やっと初めて彼氏ができたのも20代。それでも若さゆえの美しさがあった。髪は黒々とツヤがあり、ふさふさ。肌もパーンと張ってどう動かしても、ちりめん状のシワはできない。まぶたは挙がって目はパッチリ。動きも機敏で動き始めに「よっこらしょ」なんて言わない。
 ただこの時代の精神的状況は最悪だ。コンプレックスのかたまりである。高齢の女性から何度も「いいねえ、若いと綺麗だねえ」と言われてもちっとも実感などなかったのである。失くして初めて知る『美』である。まあ、消えてしまうから美しいのだという説もあるけどね。この頃の『美』の基準は遥か彼方のテレビや雑誌の中にあり、常に自分と見比べるという無駄なことを繰り返す。そして不幸な気分になってつぶやく。「どうしてこんな風に生まれてこなかったのかしら」

 第2期とにかく忙しい。仕事の種類や子供の数にもよるが、自分にかまけている時間はあまりない。
私の場合をいうと、仕事も正規の時間の他に勉強会や係になった委員会、必ず順番で回って来る研究課題にも時間をとられた。その上、子供関連ではPTAやクラブの役員、ある時はそれに地域の組長もまわってきた。町内一斉清掃にも出られないというのに。そして子供の怪我、喘息の発症など。
毎日が食べて寝るので精いっぱい。家の中はいつも片付いてなくてゴチャゴチャしてた。当然掃除も滞る。定期的な運動も難しく、私は太っていていつもダイエットに挑戦しては挫折していた時代だ。
 今は主婦は働いてて当たり前、日本の夫は世界でも家事・育児に割く時間は最低レベル。事業参観、セレモニー以外は女らしいスカートははいた覚えは無い。人生で一番お金も時間もない時代。みんなそうだったでしょ?

 しかしどこの世界にも例外はいらっしゃる。ひと昔前に流行った『美魔女』である。丁度女としての魅力のアレコレを失う40代・50代で、世間でも『おばさんはもう女ではない』という認識に華々しく抵抗した方々だ。ロングの髪をなびかせ、タイトなミニスカートとハイヒール。完璧なメイク。
 美魔女という選ばれた存在になる為には本来の資質と努力の他に、ある程度以上の経済力が必要だ。時間をお金で買えるぐらいの。そうして得た自分の時間で自分を磨ける。誰にでもできる事ではない。だが、これはこれで日本社会で蔓延っていた「女性は若くないと美しくない(価値が無い)」というアメリカナイズされた価値観を多少なりとも変えるのには成功したと思う。ヨーロッパでは昔から「成熟した女性の美しさ」が伝統になっているのにね。

 そして第3期。確かにツヤツヤお肌やしなやかな筋肉はもうない。長時間身体を酷使することも、もう無理だ。しかし経済的な差こそあれ、時間はたっぷりある。わずらわしい更年期も過ぎ去っている。30年あれば運動系でなければ何でもできる。「もう遅い」や「何かをするにはもうトシを取り過ぎている」というのはただの言い訳になってきたのである。

新たな人生の幕開け

 ケンタッキー・フライド・チキンのカーネル・サンダースがそれまで細々とやっていたドライブインをたたんで、フライドチキン専門の移動販売を始めたのは60才の時だというのは有名な話。女性でも例外でない。アメリカの国民的女流画家アンナ・メアリー・モーゼスが絵を始めたのは75才。ドイツの女流映画監督レ二・リーフェンシュタールは70才過ぎて発表した写真集が世界的なセンセーショナルを巻き起こし、71才で潜水を始めてから撮った水中写真集も評判になった。そういう例は枚挙にいとまが無い。ここまでの偉業でなくてもいいが、高齢になっても多くの事が可能だということである。

1976年にはすでに高齢の女性の可能性について言及した人がいた。
「創造的で充実した女性は、更年期を自分の人生の自由で新たな創造的学習への過渡期とみなし、化学、芸術、文学、学問などの創造の頂点は実は人生の後半にある。そういう能力は60才を超えても上昇して行っている。その事は各方面の研究から明らかになってきた。」(ベティ・フリーダン。米作家)

 そう、もう一花咲かせることはできるのだ。その気になれば。好奇心と向上心を持ち、挑戦し前に進み続ける。それこそが第3期のその人を輝かせる内なる光になるのではないか。見た目ももちろん大事。とっても大事なので、これも外せないとは考えてる。それについてはまた後程。でもウキウキとワクワクに満ちた輝く第3期を生きたい。あきらめた時点で年をとるのだから。

 最後に、有名な作曲家ストラヴィンスキーの未亡人で画家のヴェラ・ストラヴィンスキーの91才の時の言葉を。(自身の個展のために渡米した時のインタビューで生命力の秘訣を尋ねられて)

「みんなごく簡単なことです。働くこと。旅行すること。誰からも煩わされないこと。そして人生の素晴らしい事を楽しむこと。」

 それではまた次回に。ごめんなさいませ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました