ボタンがあれば押したくなる。もはや人間の習性だ。
ボタンを押すことによって起きる変化を期待するからだ。それは言葉が話せない乳児のうちから存在する。自分が何かをする事でものごとが動くことに快感を感じる。そういうオモチャで飽きずに何度でも繰り返し遊んで喜ぶ。そのうち結果がいつも同じであることに気づき、飽きて止めるが。小さな子供もエレベーターのや家電のボタンを押したがるよね。
ああでも、どうか『核のボタン』だけは押されませんように!
われらボタン世代
携帯電話も最初はボタン式だった。そしてタッチパネルの操作になった。スマホである。ボタン式の時も、従来の他の機器のボタンよりは携帯のボタンは随分小さくなった。その為に押し間違いが多発していたのに、それがタッチになると尚更である。
使い慣れた若い世代はもはや指先ではなく、文章を見ながら打つので打ち間違いは珍しくないがすぐ気づき結局は早い。PCもそうである。(ブラインドタッチねえ。これだけ毎日文章をPCで打っているのに未だにできない。まあ、まだ始めて1年もないから気長にね)
私がまだ小学生の低学年の時、国鉄(当時)の駅にあちこちに自動発券機が置かれ始めた。ふと見るとカバーがかかった赤いボタンがある。『お金をいれても発券されない時は押してください』とそのような意味の事が書いてあったと思う。
「このボタンを押したらどうなるのだろう」私の好奇心がムクムクと動いた。お金が戻ってくるのか。それとも乗車券が出る?その乗車券は普通のと違うのだろうか‥。そして指は思わず赤いボタンに。
すると、けたたましいベルの音がして、なんと駅員さんが飛んできたのだった。一緒にいた父は平謝り。もちろん後で私が父にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。好奇心は猫をも殺す。
昔は、間違ったボタンを押したら大変だった。私のように。
間違い電話をかけてしまうのも珍しくない。一回一回電話番号のボタンを押して、かけていたのだから。今は一回登録してしまえば間違えようがない。自動販売機は今でもそうだが、ボタンは一度押してしまえば取り返しがきかないことが多いのだ。確認ボタンは普通無い。間違えない様に思わず目視しながら押す。それに慣れているボタン世代はボタン(キーボード)を見ずに押すことになかなか慣れないのでは?なんてね。
押してはいけないボタンを押す人達
何故、ボタンを押したくなるのか。
ボタンを押すことで何かが変わる。そしてその変化を起こしたのは他ならぬ自分なのだ。その力を自分が持っているという事に満足を覚え嬉しく感じる。場合によっては好奇心も満たされる、というところか。
相手が機械ならいい。しかし、世の中には他人の心のボタンをわざと押して、その欲求を満たそうとする人がいるのである。いじめやハラスメントである。
職場におけるパワハラやマタハラ。家庭におけるDVや虐待。学校のいじめ。
これらはみな、立場の強い者が自らの強さを確認したいが為にやる。たいてい相手が抵抗できない弱い者に。そうやって確認し続けないといけない位、自分の強さに自信がない。受けるほうはいい迷惑だ。
人の心が自分の行為や言葉で、傷ついたり右往左往することに自分のパワーを感じる困ったちゃん。そういう人はある意味中毒患者である。
他人を誹謗したり叱責すると脳に快楽ホルモンが出るのである。パワハラ上司が部下に滔々と叱責・訓示をたれている時の表情はどこか恍惚としていないか?
これは人類の進化のなかで、集団で生活し異端を排除して生き残るためにそういう脳のシステムになったそうだ。だから潜在的に誰でも持ってはいるのだという。(だから人の陰口って無くならないよね)そして一度快楽を覚えた脳は「もっともっと」と欲しがる。だからこの行為は本人がこの事実を認識しない限り止むことはない、自覚のない中毒なのだ。
そういう人が身近にいたら自覚させてあげるか、黙っていてもっと嫌われるように仕向けるかはあなたの自由だが。
SMSの炎上もその中毒の一つだろうね。自分と縁もゆかりもない他人を誹謗・中傷して、それが燃え上がることで快楽を得ている。自分の持つ影響力ってヤツに酔っている。実名で批判する勇気もないくせに。やってることは放火魔と変わらない。
そういう人達が持っているのは「自分は絶対に正しい」という根拠のない自信。正しければ自分が罰を与えてもいいという思い上がり。誰が考えても『美しく生きる』とは正反対。
生きていく上でぶれない信念も必要だが、自分を疑うことも止めてはいけないよね。「これだ!」という正しい答えは人によって違うのだから、人は死ぬまで迷って考えて生きるのは当然なのだ。トシを取って経験を重ねたからって、かしこくなってもう迷わなくなると思っていたら大間違い。頑固な年寄りは美しくないですぞ。
逆に『押してもらいたいボタン』もある。感動のボタンだ。私にとっては映画、舞台、文学、絵画や音楽などの芸術。それらは日常では押してもらえないボタンを押してくれて、そのボタンからは感動の波が広がり全身を潤す。そのボタンを埋もれさせない様にしなくては。
速くなくていい。何も考えずに押すボタンこそ恐ろしい。ボタンを押すときは慎重に、迷って考えた末でいい。相手が機械ではない時は特に。逆にそれが出来るのが私達世代だと思うのだ。
それではまた次回!ごめんなさいませ。


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