60才からの美容術 ㉕自分に近づく方法は

 日本人は世界でも『他人に気を使う』ことを自然にやる民族と言われている。個よりも集団の利益を優先し、自分の意志、主張は抑制するのが美徳と教えられ育てられる。
 農耕民族の生き残り術、和の原理である。
 特に女性は昔から『気が利かない』と嫁の貰い手が無いと言われ、そういう気働きや行動が出来る様に強要されてきた。今は女性だけではない。いつの時代でも気が利く男女はモテるが。

 気を働かせるということは「自分以外の誰か他人を観察し、その人の願望や利益を察し、先に行動する」ということである。なんと難しいことだろう。こんなことを、子供のころから期待され訓練されるのとそうでないとでは、差は歴然である。日本人はこの事に関して外国人には期待すべきではないだろうね。

『気』をすり減らすとどうなる?

 しかし『気を使う』ことが身に付いた人間は、その分他人のことばかり考えて相対的に自分の事を考える時間が少ないのではないか。その顕著な例が主婦(母親)である。

 私は息子達が家を出て、尚且つ仕事を辞めてこれに気が付いた。今ほど自分を見つめ直しているいる時はなかったと。そして『気』には限りがあるのだと。

 家族のいる勤労主婦の忙しさは半端ない。特に母親であれば、夫プラス子供の衣食住の心配から、学校行事やクラブ活動、学業成績、健康問題などの全てに気を配らねばならない上に、日常の家事と仕事が加わる。仕事に行けば職場の人間関係があり、職業によってはお客様相手に『気』を使う。

 朝起きてから仕事に出かけるまではずっと家族の事を考え、職場では上司・同僚、お客の考えを読み、仕事から帰ればまた家族。そしてバタバタと夕飯が終わった時には、もう『気』は残っていない。
 だから後は『気』の要らないゲームやネットで1日が終わる。自分の人生、愛、生きがい、老後など俯瞰的に考えられない。何故なら自分の事を考えるのにも『気』は使うからである。

 私の仕事自体が『人を相手にする』医療関係で、仕事中はそれこそ『気』を総動員して当たらねばならないもの。特に夜勤では勤務拘束時間が16時間と長く、帰宅して寝た後もその日は何もする気が起きなかった。当然だ。『気』を使い果たして、ちょっと休んだだけでは充電できていなかったのだから。
 息子達が家に居た頃も母親の性で「何を食べさせよう」「今の布団で寒くないか」「正月は、クリスマスは、誕生日は」と常に考えていた。息子らが社会人になっててもである。自分の事を考えて無いことに気づきもしないで。考えているつもりでも、その手の啓発本を読んで「ふ~ん、そうなのか」で終わっていた。

 フル充電された『気』の量は個人差があるだろうが、使えば減って行く。サービス業の人は訓練されていてキャパは大きいだろうが、誰でも限りがあるのだ。
 家族がいなくても、ブラック企業で長時間労働を強いられている人も同じだろう。

 そういう意味では日本の勤労主婦はブラック企業に勤めているのと同じである。一人子共を持ってその大変さに気づいて、もっともっと子供が欲しいと思うだろうか。出生率が下がるはずである。この勤労主婦のブラック企業化が改善されない限り、日本の少子化は避けられないと考えている。

 しかし、当の本人である勤労母には改善策を練る気力も時間もない。ブラック状態なので日々の仕事をこなすので精いっぱいだ。そういう点では昔は2世帯同居が多く、成人女性が家庭内に2人以上いたのでその分家事労働は軽減されていたはず。(サザエさん家状態?)でも嫁姑問題や介護や子供の職業の都合で核家族が増え、主婦はたった一人で奮闘しなくてはならなくなった。今の若い父親がどれだけ家事労働をしているかは知らないが。

 一番いいのは『気』をすり減らさない生活をして、ヨガや芸術で自分を見つめ直す時間がとれればいいのだが、難しい人もいるだろうね。

自分に近づく大切さ

 何故今、「自分の事を考えろ」とひつこく言ってるのか。
 それは自分を良く知れば知る程、不安が無くなって幸福度が増すと気付いたからだ。

 インドの古い話にこんなものがある。

 1本の大きな木に2羽の鳥が住んでいた。その片方の鳥は美味しい実を見つけてははしゃぎ、苦い実の時は不満を言い、何かにつけ一喜一憂して暮らしていた。そしてもう一方の鳥を窺うと、その鳥はいつも静かに静観していてじっとこちらを見つめ返すだけ。鳥はこの泰然自若とした様子に憧れを持つが自分の生活態度を変える事ができなかった。しかしある日、とうとうこの鳥にその秘訣を訊こうと近づくと、そこには鏡があるだけだった。もう一方の鳥は自分自身だったのだ。

 この話はどういう意味だろう。幾つもの解釈ができるとは思う。理想と思っていても現実は大した事はなかったという見方もあるかもしれない。

 だが私はこう思った。この2羽は1羽の中に同時に存在していて、この鳥はいつでも泰然自若とした鳥になれるのだと気付いたのではないかと。そしてそれは思いきって自分に近づいたからなのだ。遠くから見ているだけではわからなかったのだから。

もう1羽の鳥を手に入れろ!

 で、どうするのよ?忙しくてほどんど自分の時間がない主婦が「自分の事を考える」には。ここまで講釈かましておいて、何の策も無いのは許せないわよ!そんな声が聞こえそう。

 まあ、私は私の経験論からでしか言えないのだが。
 日記である。「へっ?」と思った?もう既にやっている方には目新しくも何ともないが。

 現代はインプット過剰の状態だという。インプットとは情報を取り込むことである。テレビ、ネット、新聞や本。情報過多で取り込むことばかりに意識がいって、アウトプットが疎かになっている。アウトプットとは、書く、話す、行動すること。ほどんどの人がインプットが7割、アウトプット3割の生活だそう。いくらインプットを積み重ねても、アウトプット(行動)しないと人生は何も変わらない。日記はこのアウトプットで中々やらない書く事のオススメだ。
 話すことが一番簡単だが、他人に自分の本音はなかなか言えないし、聞いてくれる人がいなかったり。そしてあなた自身が話したことを忘れる。私自身このブログを始めて、色んな自分の気持ちや本音や希望がゾロゾロと芋づる式に出てきて驚いた。

 「忙しいのに書くなんて‥。」と思うかもしれないが、数行でいい。5分でいい。
 書く事は考えるより有効だ。一人グルグル考え続けるよりも、思ったままをまず書く。考えたことは数秒で消えるが、書いたことはその時や次の時に読み返し、脳は勝手に解決策に向かって走り出す。その解決策は行動かもしれないし、気持ちの持ち方かもしれない。そして自分の真の望みに一歩近づく。
 日記(書く事)がもう1羽の鳥の役目をしてくれるのだ。

 枕元にケータイではなく、ノート(日記帳でなくていい)とペンを置いておいて、あったことや思ったままを書く。できれば、最後に『良かったこと』と最低1つ書いて終わるともっと良い。今日から出来る。

 だまされたと思ってやってみて。何事もやるかやらないかで人生が変わるのだから。
 あ~今回は最後までお堅い話で終わっちゃったわん。

 それではまた次回。ごめんなさいませ。

 

 

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