60才からの美容術 ㉙主婦が家事のプロになれない理由

 学者は自分の専門領域以外のことはあまり知らない。プロのスポーツ選手は一般常識が分からない人も多い。学者バカ、スポーツバカという言葉があるくらいである。
 当然だ。それだけ人生の大部分の時間をその事に費やしてきたのだから。学問や研究は一生を通してできるが、旬の時期が限られるスポーツにおいてはスタート時期が早く、社会人としての一般教養を身につけるべき義務教育の時に練習にかなりの時間をとられる。親としては一種の賭けだ。

何事も秀でるためには時間がかかる

 つまりその位やらないと、それを生業に出来るぐらいには秀でる事は出来ないという事である。有名大学の合格に必要な勉強時間も今はおおよそのところが算出されている。ちなみに東大は4400時間だそう。(学校の授業以外)1日5時間勉強しても880日、ほぼ2年半。体調や学校行事などで出来ない日があったとしたら、高校1年の最初から気を抜かずに頑張らなければならない。つまり青春を勉強に捧げることになる。一部の天才を除いてはクラブ活動に精を出したり、異性とドキドキデートもする時間などない訳だ。

 短期ゴールを「大学合格」に持ってきて、目的達成と同時に何をしたらいいかが分からなくなるというのはよくある話。たとえば長期目標に『官僚になって日本の政治に関与したい』とか、『この分野の研究者になり、研究を続けたい』というのがあるならそうはならないだろうにね。

 そして、長い前置きだったが子育てを終えた主婦にも時々そういう『空の巣症候群』が見られるのである。一種の燃えつき症候群といってもよいか。子供中心の生活で、ゴールが『子供の独り立ち』。それ以降の目標を特には持ってなくて、子供から必要にされなくなると(それは健全で喜ばしいことなのだが)途方にくれてしまう。
「あんなに毎日、二十年以上も子供の事ばかり考えて生活していた自分は何だったのか」
 もう誰も自分を必要とする人の無いことの空虚さなのだろうか。 出産年齢が早かったひと昔はこれに更年期が重なり気分は地を這う‥らしい。

子離れして気が付いたことは

 というのは、私には子供がいなくなった淋しさもなかったし、更年期症状も思い当たる節が無い、お気楽な50代だったのだ。
 仕事と趣味に忙しくて、子供らには「もう、早く自立して手がかからない様になってよ!」とばかり考えていた。男の子2人なので、向こうもあっさりしたものだ。
 成人男性には普通母親は、もう必要ない。クリスマスや正月に一人きりの母親と過ごしてあげようなんて思ってないのがちょっと寂しいが。長男は車で1時間位のところに住んでいるので、後は長男のパートナーがどれだけこちらに引っ張ってきてくれるか腕の見せ所。ごちそうやお小遣いにつられやってくるのを手ぐすねひいて待っている。

 今はアラフォーで子供を産むのもそんなに珍しくはないので、還暦になってもまだ家に子供がいる家庭もあるだろうが、大抵の家庭では孫ができていてもおかしくない年齢。私の様に子供達は家を出て、無駄に広くなった家の掃除にため息をついたり。

 そして、こんなにも長い間主婦をやって来たのに、ちっとも家事のプロになっていないのに驚くのだった。結婚してから30年。日本の女性の1日平均家事労働時間は約2時間半。勤労主婦なら3時間だ。
 それに比べて男性は19分(夫は14分)~2018年調べ~というのは置いといて。

 3時間×365日×30=32,850時間。まあ、風邪ひいて寝込んだり、旅行で上げ膳据え膳の日もあるが、明らかに仕事に次ぐ時間数だ。なのに、ベテランの気がしない。まだまだ分からない事が多すぎる。もちろん若い女子に比べてはるかにいろいろ出来ると思うが、それなら家事のプロである家政婦(今もある?)として働けるかと問われれば「否」である。(家事代行サービスはマニュアルがあって経験はあまり必要ないらしい。そう言えば男性もいるか)

家事のプロへの道はキビシイのだ!

 周りを見回しても(といってもみんな仕事持ってる主婦がほとんどだ)完璧に家事をこなし、「まっかせなさい!」という人は少ない。そうだろね。

 1.何しろ家事の種類や量は膨大である。3大家事である「炊事」「掃除」「洗濯」だけで3時間なんてすぐ消費する。それも全部中途半端で。そうして、したい家事しかしなくなる。こまごました事は見てみぬふりだ。(私の場合は窓ふきの放置)
 家事のプロは少なくとも専業主婦でないと不可能だ。
 2.そして毎日が同じ事の繰り返し。まるで賽の河原のよう。掃除や洗濯は淡々とこなすだけで『更なる進歩』に行く余裕がない。だから面白くない。やりたくないのに『自分ばっかり』させられているという不公平感がやる気を一層削ぐ。
 3.これが最も大きな理由かもしれない。報酬が無い。経済的にも心理的にも。
仕事であれば、いい仕事をしたら周りが認めてくれるし、給料も上がる可能性もある。しかし家事は時給いくらはないし、頑張っても誰も礼を言ったり褒めたりしない。
「ありがとう」と言われるのは年に1回母の日ぐらい?逆に失敗しても減給はないが、無慈悲な家族の目にさらされる。自己満足と子供の為という思いだけが頼りであることを家族の誰が分かってくれているだろう。

 こんな心理的ストレスと闘いながら嫌々やってては何十年たっても上手くなるわけがない。多少手際が良くなる程度だ。
 そして心の拠り所の子供との別れ。時間の余裕が出来て、そこではたと自分の家事能力の不完全さに気づくのである。
 しかし、これが不思議なのだが、私は以前より家事が嫌いでなくなっているのだ!むしろ今まで考えなかった興味がわいてくる。あんなに嫌いだった洗濯や掃除、ひいては今まで全然やってなかった洗濯機や掃除機のメンテまで目がいくようになったのである。「しなければならない」から「やってみよう」に。

 「単にヒマになったからじゃない?」
 それもある。だが、物事には何かの上達の過程で大切なことがふっと分かる時期が来ることがあり、そうか、私にとって家事の面白さは3万時間からなのかと妙な納得をしてしまったのだった。

それではまた次回。ごめんなさいませ。
 

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