60才からの美容術 ㉝生涯の友だち

 この人とは生涯付き合っていける。そういう友人は人生の宝である。世界で一番自分を想ってくれるパートナーと同様に。(そうでないパートナーもいそうだからね)
 子育てが終わった世代では友人は非常に大切だ。友好関係が豊かでないと、人生の後半戦もつまらない。夫しか相手がいないなんて‥やでしょ?

『親友』が出来にくいオトナ達

 しかし、「私達親友よね~!」と気軽に言えるのは学生時代ぐらいなものである。オトナは怖くてそんな事訊けない。何故ならオトナになれば『親友』の定義も個々ずれてくる。こっちが相手を親友と思っていても相手もそうであるとは限らない。つまり、片思いがあるのである。
 「親友のあなたがそう言うのなら‥」とこちらが言った時、『えっ?』という顔をされては立ち直れない。だからわざわざ会話にそんなアブナイ単語はもう使えないのだ。

 え?今はマブダチって言うの?
 『マブ』は本当の、『ダチ』は友達という意味で「本当の友達」。
 友達に本当も嘘もあるかと思うのだが。日本の学校教育で教師が「クラスのお友達」なんて好きでもないクラスメイトを指すものだから、友達の定義がおかしくなってきたのかね。
 トドメがFacebookである。ここで『友達』は「連絡が取りあえる知り合い」になり下がってしまった。リアル(現実)で孤独を感じている人には『友達』は心慰められる響きだろうけど。

 ちなみにクラスメイトやルームメイトなど~メイトという言い方は『何かを共有する仲間』という意味だ。たまたま同じテーブルに同席した人をテーブルメイトと呼ぶそうだよ。今はソウルメイト(運命の人)もいるそうだが。
 日本語でいえば『同胞』。よく同朋と間違われるが、これは仏教用語で(どうぼう)と読む。『志を同じくする友』という意味だという。
 メイト(mate)も単独で動詞として使えば「繁殖・交尾する」という意味になり、ヒトには使わないとか。

 ここでは親友「最も親しい友達」と定義する事にしよう。firendestとでも言おうか。
 その前に友達の定義もハッキリさせたいって?
 そうだね。じゃあ、「家族や恋人以外で、その人の為に自分のお金や時間を使ってもいいと思える人」ではどうかな。だから「妻が一番の親友です」というデレデレした人のケースはここでは取りあえず除外だ。(家族や恋人にお金や時間を使うのは当然じゃん?)

 友達との親しさは色のグラデーションの様に無意識な段階があって、その濃さは時と状況によって変わる。一概に言えるのは年月と共に濃さを増すことだろう。(遠く離れているならまだしも、いつもあってるのに何年たっても薄いままというのはそもそも友達ではないのでは?)

 人間の心理と言うのは不思議なもので、会う回数が多いほど、相手に愛着を持ちやすいという。職場恋愛や職場結婚が多いのもその例だとか。(もちろんそれが全てではない)
 友達も、意見や体験を共有することで相手への親しさや信頼が増していく。恋愛と違うのは「一目ぼれ」が無く、それなりに時間を要すること。何かしらの困難を共に乗り越えたりすると、タダの友達から親友に格上げされやすい。

オトナの友達げんかの原因は

 学生の時の親友は、進路が別々になり会わなくなると『日々に疎し』で段々疎遠になるのが多い。その点、大学生やオトナになってからの結び付きの方が長続きしている気がする。
 だが、大人になっても最も親しい友と決別することもある。転勤とか死別とか物理的距離でなく、心理的に。つまりケンカ別れというやつだ。
 それはどちらかが、どちらかの信頼を裏切るようなことをされた(と思った)場合だな。夫婦や恋人間では浮気や不倫が主な理由だろう。友人の場合も恋愛がらみの時もあるが、実害を及ぼさなくてもその人のポリシーに反するような行い(極端に言えば犯罪とか)をした場合にもそれは起こる。

 そしてよく聞くセリフ。「そんな人とは思わなかった」

 私は20代の時に親友とも思っていた友人からそう言われ、絶交に至ったことがある。
 原因はもちろん私に非があったが、根本の原因はお互い甘えていたということ。
 私がした過ちはその友人にではなく、他の人にかけた迷惑だったが友人は『親友だから』容赦なく私を責め、私は『親友だから』甘えてその責めを理不尽だと怒ったのである。

 『親友だから』ここまでやって(言って)もいい、というラインを二人とも読み間違えた。言い換えれば「ここまでやっても自分は許される」という思い上がり。許すも許さないも決めるのは相手なのに。

 人の気持ちはキャッチボールだの、ギヴアンドテイクだの言われるが完全に同じ強さで思い合うなんて不可能だ。「私がこれだけあなたの事を想っているのだから、あなたもそうすべきだ」なんてどこのワガママちゃんだろう。恋愛でよく言われるけど、友達関係でもそう言えるのではないだろうか。

 親友とはお互い確認し合うものでなく、自分がその人の事をそう思っていて大事にする。大人はそれでいいのである。

 それはそうと、女子の友情は浅く、男同士の友情は熱く固いなんて(主に男達の間で)言われているみたいだがどうなの?「男同士の友情は肉体関係のない愛だ」と誰かの本で読んだけど?
 まあ、これは男達がそうあって欲しいという願望なのかねえ。戦争の絶えなかった昔はそうやって命を支え合ってきたのだろう。なんせ男にとっては女は異星人で友情の定義からして違うんだから、比較なんてできないでしょ。

 現代はマイノリティも珍しくなくなってきて、友情と愛情の境目はフィジカルで愛せるかどうかだけど、じゃあ肉体関係がなければ全部友情かというと、そうとも言えないのが難しいところ。
 しかし、どちらも相手の幸せを願う‥この一点においては永遠に変わらない。

 それではまた次回。ごめんなさいませ。


 

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